センバツ、4強目前、藤代逆転負け

好機生かせず仙台育英に1−3

 藤代、好機生かせず無念の逆転負け―。第七十三回選抜高校野球大会第八日は一日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で残りの三回戦三試合が行われ、ベスト8が出そろった。第一試合で登場した初出場の藤代は、仙台育英(宮城)に1―3で競り負け、常総学院に続く準々決勝進出は成らなかった。  二回藤代は、二死後から井坂亮平(二年)の三塁打で好機を築くと、続く霞学(三年)が絶妙なバント内安打を決めて先制した。
 先発の井坂は二、三回に一点ずつを奪われたが、両コーナーを丁寧につく投球で凡打の山を築いた。しかし、八回に無死二、三塁の場面でマウンドに登った市村聡史(三年)が痛恨の押し出し四球を許しリードを広げられた。
 打線は二回に幸先よく先制したが、十三残塁とつながりに欠け再三の得点機を生かせなかった。
 持丸修一監督は「あそこで一本出てればという場面が何度もあったが、最後まで変化球についていけなかった」と肩を落としながらも「ウチらしい、 いい試合ができた」と選手たちの健闘をたたえた。樋口勝也主将(三年)は「負けはしたが、持ち味である守りの野球ができたと思う」と振り返り、甲子園を後にした。
 大会第九日は二日、同球場で準々決勝四試合が行われ、常総学院は第一試合(午前八時三十分試合開始予定)で東福岡(福岡)と対戦する。

結城市長に平塚氏、無投票再選

求められる「馬券場問題」「合併」への対応

 任期満了に伴う結城市長選は一日告示され、午後五時に立候補受け付けが締め切られた結果、現職の平塚明氏=無所属、自民党県連、公明県本部、連合茨城など推薦=以外に届け出がなく、同氏の無投票再選が決まった。
 平塚氏は前回、当時の議長や副議長ら六人の候補者が争った大乱戦に競り勝ち、市長選三度目の挑戦で初当選。一期目の前半は荒井前市政のスムーズな継承に努め、そつなくこなした。
 厳しい財政事情をにらみ、後半からは教育・福祉・環境など主にソフト事業で「平塚カラー」を発揮。子育て支援策や心身障害者福祉センター、図書館を核とした駅前公共施設建設に道筋を付けた。
 半面、就任後間もなく市内に場外馬券場開設問題が浮上し、任期中は激しい反対運動に揺さぶられた。賛成・反対請願が議会内でぶつかる中、平塚氏は一貫して中立を表明。結果として反対運動の長期化と分裂に助けられた。
 今回も、水面下では馬券場問題を争点に、反対する市民グループから対抗馬擁立の動きがあった。直前まで反市長派の市議が立候補を模索したが、議会内の賛成・反対の微妙な力関係などから断念した。
 逆に平塚氏は、これまで地盤だった南部の四川地区から、全市にまで支持を拡大。市議多数や政党・労組・農協・商工・各種団体の圧倒的な支援で強力な布陣を形成し、対抗する動きをけん制した。
 平塚氏はこの日、午前十時から江川新宿の選挙事務所敷地で出陣式。壇上には県議や周辺市町村長、議長ら約百人の来賓が陣取った。多数の支持者を前に、中村喜四郎代議士、狩野安・郡司彰両参院議員、山口武平自民党県連会長らから激励を受けた。
 無投票当選を受け、午後六時からは同じ会場で祝勝会。支持者らとともに再選の喜びを味わった平塚氏は「無投票におごらず、市民の付託にこたえたい。市民一人ひとりが幸福感を享受できる市政運営に努めたい」と抱負を語った。

つくば産業情報NT総合HPスタート

市内全事業所に発信、ビジネスを側面から支援

 つくば市は四月一日、市内の産業活性化などを目的にした「つくば産業情報ネットワーク」を立ち上げた。ネットワークは、市内の全事業所を対象に、事業所情報や技術情報を発信する、いわばつくばにおける産業情報の総合ホームページで、市内の事業所のビジネス活動を側面から支援できる事業参加型のインターネット産業情報総合案内システム。同様のホームページをスタートさせている自治体は県内にもあるが、同市では、筑波研究学園都市の持つ、政府系及び民間の試験研究機関や教育機関の集積を生かした特徴あるものにしたい考え。
ネットワークは、今年度から、市内にある商工業者の支援や産業の活性化を目的にスタートaした「つくば産業創出支援事業」の一環。産業情報の総合ホームページとして、同市内の全事業所を対象にしたデータベースを構築する計画。技術情報や人材活用、用地物件などの分野で情報交換できるようにする。市内の事業所であれば、無料で登録できる。試験研究機関、進出企業、地元企業、個人商店はじめ、市民も含めて「つくばファミリー」として連携の糸口にしてもらいたい考え。すでに市内七千事業所を対象に登録を呼びかけている。
 ネットワークの主なコンテンツを見ると、事業所の特徴や技術紹介を行う「事業所情報」、事業所情報の中でさらに技術を中心とした「事業所技術情報」、工場用地、事業所用地の情報を提供する「事業所用地物件情報」、こんなことを発注したい、受注したいを紹介する「事業所受発注情報」、こんな人を活用したい、自分の経験を生かしたいなどの情報を発信する「人材活用情報」、同じくこんな研究してます、こういう産業支援できますを紹介する「研究技術人材情報」などから成る。
 このほか、市に寄せられた産業情報を掲載する「産業ニュース」、事業所の行う講演会やセミナー、イベント、セールをPR出来る「イベント情報」、フリーにつくばの産業活性化について協議ができる「産業支援みんなの声Q&A」など、合わせて十二のコンテンツで構成される。また事業所情報には、文字だけでなく写真や地図の掲載も可能となっている。登録は市内の事業所に限られるが、このホームページの情報を基に、仕事の受発注や人材を活用することは、市内外を問わない。
 同市つくば産業創出支援事業推進室では「とにかく登録がされなければ始まらない。市内の立地する事業所の方にはぜひ登録していただきたい」と話している。
 問い合わせは同推進室(電話0298・64・3263)まで。ホームページアドレスはhttp://sangyo.info.tsukuba.ibaraki.jp

取手・水の公園でホタルの幼虫放流

自然環境の大切さを啓もう

 取手市内にホタルの棲める環境を取り戻そうと活動している「取手ホタルの里」(佐藤茂会長)は一日、同市新取手の「水の公園」の水路にゲンジボタルの幼虫約四百匹を放流した。これが初めての放流だが、佐藤会長らは「今年は絶対にホタルが飛ぶ」と、幼虫の成育に自信を見せている。
 昨年発足した同会は、ホタルの飼育だけでなく、育てる過程で行政と地域が協力、自然環境の大切さを啓もうする役割も持つ。同公園は生活排水の浄化水路を備えた親水スペースで、井戸水をひいた「ホタル水路」がある。
 佐藤会長らは昨年、大宮町からもらい受けた成虫数十匹から卵を採り、寺原公民館内の飼育棟で大切に育ててきた。幼虫は脱皮を繰り返し、この春約七百匹が「終令幼虫」に育ち、放流できる状態になった。
 同日は、大橋幸雄市長も会員や子供たちに交じり、約四百匹を水路に放った。卵のうち成虫になるのは全体の二割未満という厳しさだが「後は、人が水辺に近付かなければきっと順調に育つ」と佐藤会長。幼虫はカワニナなどをえさに来月、水底の地中で「土まゆ」になり、六月に発光しながら上陸。いよいよ取手でもホタルが見られそうだ。

県北で進む学校統廃合

大子・矢田小、128年の歴史に幕

 過疎化と少子化の波を受け、県北地域で学校の統廃合が進行している。なかでも廃校となる小学校は地域の身近な文化拠点だけに、「オラが学校」としてもり立ててきた地元住民の思いは複雑だ。大子町では今春、全国的にも珍しく市内の五小学校が一挙に統廃合された。あくまで「対等な統合」(同町教委)というが、新しい校名一つとっても、道程は平たんではなかった。今後は跡地利用などで課題が残るが、厳しさを増す町の財政事情も手伝い、これまでのような牧歌的でこぢんまりとした教育環境は消え去ろうとしている。
 }矢田の学校は楽しい学校/花が笑って鳥歌う――百二十八年の歴史に幕を降ろした、大子町立矢田小学校の閉校式(三月二十四日)。単純明快な校歌として愛唱された、最後の校歌斉唱の場面では、感慨から参加者が涙する光景もあった。
 式は記念碑の除幕に始まり、校長の式辞、PTA会長や後援会長、来賓あいさつと進み、在校生代表が「学校生活の思い出は一生忘れない」と述べた。人づてを頼り、実現した自衛隊音楽隊の演奏が閉校式に花を添えた。
 初夏を思わせる日差しを受け、在校児童や地元の大人たち約三百三十人が屋外での式典に参加した。PTA役員の一人が「体育館がない。雨が降ったらどうしようかと、頭を悩ました」と内情を打ち明けた。
 矢田小は県北山間部の過疎地にある小学校。国道118号を久慈川に沿って三`ほど北に行くと、小高い丘の上にある。周囲は斜面を利用した水田があり、リンゴ畑の奥に、郷愁を誘う木造校舎が見える。
 校舎の背後には里山が控え、眼下に久慈川、その奥に生瀬の山並みが広がる。小さな校庭は戦争中、サツマイモが植えられたこともある。校庭の隅にそびえる大きなエノキは、学校はもとより地域のシンボルだ。
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 今春の統廃合で廃校となったのは、いずれも地域の学校として百二十年以上の歴史を刻んだ大子小・矢田小・浅川小・上岡小・池田小の五校。新たに「だいご小学校」として再スタートすることになった。
 同町教委では「あくまで対等統合」(学校教育課)を強調する。五校の統廃合は十年来の懸案で、現在の小澤圀彦教育長ら三代にわたる教育長の下で、熱心に議論が続けられてきた。
 過疎化と児童数の減少から「すでに他地区では三小学校が統合し、中学校も三校に統合。最後に残ったのが、五小学校の統合だった」と益子一雄学校教育課長。九八年から各地域で説明会を開強いとはいえ、大子小をのぞく四校はいずれも老朽化した木造校舎、体育館やプールもない。その割に大子小を中心に三・五`圏内に四校が点在する。「いずれも複式学級でサッカーもできない。教科面でも互いに刺激し合い、切磋琢磨することが難しくなった」(同課長)。
 一時は、地域同士の綱引きから「部分統合」の話も浮上したが、教育環境面でマイナスを懸念すから、校名は平がな校名に落ち着いた。
 実際は「それぞれ地域で百二十年を超える長い歴史と伝統があるから、住民は理屈では分かっても、感情的な対立はなかなか解消しなかった。意見対立を乗り越えるための苦肉の策だった」の声も関係者の間にはある。
 今後、統廃合により遠距離通学の児童が多くなることから、同町教委では路線バスとスクールバスを併用して、児童の安全な通学に万全を期す方針という。
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 一方、廃校となる地元では、跡地利用の問題が浮上している。町当局は「住民とよく相談して決めたい。今は白紙状態」と話す。しかし、すでにこなすほどの組織力を誇った。それだけに菊池さんらの廃校に対する危機感は今も根強く、思いは複雑なようだ。
 矢田小はピーク時(六〇年ごろ)には三百人近い児童数を数えたが、閉校時は五十五人に。しかし、ドッジボールで三年連続全国大会出場の輝かしい実績を誇る。
 今になって「学校を地域に戻そう」の声が叫ばれるが、矢田小は地域に根差した教育で成果を挙げてきた学校の一つ。幕引き役を務めた高瀬利博校長も「地域と密着し、地域が学校を支える見本のような小学校だった」と回顧した。
 山間部の自然にふれあいながら、のびのび育つ子らを見守ってきた学校はなくなるが、菊池さんらはシンボルのエノキにあやかり、地域の人たちの手で「えのきの学校」として再生させようとしている。
 温もりある木造校舎を生かし、生涯学習や学校週五日制をにらんで、学童保育やお年寄りとの交流拠点にするプランを練っている。しかし、自主運営は至難の業。実現しても苦難の道程となりそうだ。

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