2003年2月6日

水郷・土浦しのび絵はがき発行

「自然を守る会」が30周年を記念

 霞ケ浦の水質問題などに取り組んでいる「土浦の自然を守る会」(奥井登美子会長)はこのほど、設立三十周年を記念し、明治・大正期の土浦を水彩で描いた絵はがき「水郷の思い出」を発行した。会員の一人、同市中央一丁目の保立俊一さんが自らの記憶や古い写真をもとに、昭和初期に埋め立てられた旧川口川の風景約三十枚の原画を描き、その中から十点を選んだ。奥井会長は「昔、土浦が水郷だったと言っても若い人は信じてくれない。少しでも知ってもらいたい」と話している。
 同会は一九七一年、医師や高校教師らをメンバーに県内初の自然保護団体として設立。一時は会員百二十人を擁した。霞ケ浦の水質調査、流域に建設された半導体工場の排水をクローズドシステムにするなどの運動に取り組んできた。
 運動は、九五年の霞ケ浦世界湖沼会議を機に設立された霞ケ浦市民協会に継承され、会員は同協会の中で活動しているが、会自体は会員約二十人で存続している。
 霞ケ浦を代表するワカサギの漁獲量が激減し、豊かだった自然が大きく変化。そんな中、かつての水郷の面影をしのぼうと、三十周年を機に絵はがきの製作に入った。同会は設立二十年の九一年に霞ケ浦の風景や生活を描いた絵はがきを発行しており、今回が第二弾となる。
 旧川口川は室町時代まで桜川の本流。土浦駅前方面から土浦署までの中央通りは三二年まで川だったが、埋め立てて道路になった。土浦城の外堀も埋め立てられている。保立さんは三二年に旧制中学を卒業し上京したが、戻ってみると川が消え、ショックを受けたという。
 絵はがきは(1)桜橋(2)通運丸(3)祇園橋(4)亀城裏土橋(5)利根の高瀬舟(6)朝日橋(7)八千代橋(太鼓橋)(8)裁判所裏四ツ手網(9)豊島百貨店警察署(10)閘門橋―の一セット十枚。市内書店や市観光協会売店(まちかど蔵、土浦駅構内)で販売している。一セット五百円。
 奥井会長は「水郷だったころのまちの風景を覚えている人は、希少な存在になってしまった。ぜひ、たくさんの人に見てもらいたい」と話している。

つくば市新年度予算、前年度並み

市税減収分は合併特例債でカバー

 つくば市の二〇〇三年度当初予算案の規模が、昨年合併した旧茎崎町分を含め、ほぼ前年度並みとなることが分かった。一般会計は五百七十億円前後、特別会計を合わせた予算全体で九百七十億円前後になる見込み。五日の定例会見で藤沢順一市長が明らかにした。
 固定資産の評価替えに伴い、固定資産税は前年度に比べ約六億三千万円の減収。また長期景気低迷の影響で、市民税も個人で約三億円、法人で約二億七千万円の減収を見込んでいる。市税全体で約十二億円、一般会計の歳入は四十五億円を超す減収となる見通し。
 合併に伴い許可された特例債による起債、国や県が支出する補助金や交付金などで「代替財源」を確保し、不足分を補う。
 一般会計の歳出では、義務的経費が全体の50%を超え、投資的経費は12%ほどしか残らず、財政の硬直化が一段と進む。
 新たにTDM(交通需要マネジメント)実証実験、モデル的な市営住宅建設、産業創出事業、新エネ市民電力特区構想の推進―などに取り組むという。
 藤沢市長は「厳しい財政状況だが、福祉、教育、環境など、市民生活に配慮した予算配分になる」と話した。

「島名熊の山遺跡」から野焼き跡

水鳥の土師器は県内で初の出土

 つくば市島名の「島名熊の山遺跡」の発掘調査を進めている県教育財団は五日、平安時代に土師器を焼いた野焼き跡十基を発見、また、跡から水鳥の線画が刻まれた土師器が見つかったと発表した。野焼き跡の発見は、鹿嶋市の御園生遺跡に続いて県内で二例目、水鳥が描かれた土師器の出土は初めて。
 野焼き跡は焼成遺構とも呼ばれ、地面に穴を掘り、素焼きの土師器を焼いて作った場所。集落の中に必ずあったと推測されながら、これまで県内では、なかなか見つからなかった。一昨年、御園生遺跡で同財団が初めて一基を確認した。
 遺跡の南東の端で、緩やかな斜面に十基の野焼き跡がまとまってあるのを確認した。直径約一・二メートルのだ円形で、二十aから三十aほどの深さに掘ってある。底の土は、土師器を焼いた熱で赤く変色している。
 水鳥の土師器は、野焼き跡に残っていた灰の中から見つかった。直径約十二aの皿で、張り合わせて六割ほどを復元した。首が長く、細長い二本の足がある水鳥が単純な線で描かれている。底に漢字などが墨書きされた土器はよく出土するが、絵が描かれた土器は珍しく、祭事用に作られた可能性が高いという。
 同財団の鯉渕和彦主席調査員は「これまで、なかなか発見できなかった野焼き跡が、集落のわきで十基見つかったのは貴重。何度か作り直して移動したと考えられ、隣接する神社との関係も興味深い」と話している。
 同財団では、一般を対象にした現地説明会を八日午前十時半から開催する。問い合わせは同財団つくば島名事務所(電話029・847・6121)まで。

真壁・大和・岩瀬で合併へ

真壁郡分裂は必至の情勢

 真壁町の平間小四郎町長は五日、真壁郡五町村合併の枠組みを方向転換し、隣接する同郡大和村と西茨城郡岩瀬町による三町村合併を目指すことを表明した。すでに飯島輝信大和村長、中田裕岩瀬町長とも合意に達している。特例法期限内の合併実現に向け三月にも任意合併協議会を立ち上げ、早期の法定協設置をにらんでいる。三町村合併がスムーズに進めば、筑西広域圏は合併に消極的な結城市と、下館市中心の対等合併を志向する関城、協和、明野の四市町村の流れに三分解、真壁郡分裂は必至な情勢となった。
 同日開かれた町議会合併推進協議会(稲葉安次郎会長)で明らかにした。平間町長は、筑西北部に位置する三町村が筑波、加波山に連なる山並みの地形や石材の地場産業で一致し、北関東自動車道岩瀬インター整備や上曾トンネル開通など交通面で今後、共通した恩恵を受けることを強調。
 その上で「十年後を考えると下館に向くより、つくばエクスプレスが走る研究学園都市と連動した発展を目指したい。北関東の玄関口の岩瀬インターと国道408号を早く直結させたい」と述べ、将来はつくば市との合併をにらんだ前段合併をうかがわせた。
 平間町長は「これまで郡内統一を目指して努力してきたが、(挫折した)協和町などの四町村合併で裏切られ、関城町も途中から距離を置くなど、郡内合併が難しい情勢に至った」と経過説明。「協和町と明野町にも参加を呼び掛けたい」とした。
 これに対し、一部議員からは「急な方向転換で議会の努力を無視している」「郡町村会長としての責任や、県会との絡みはどうなのか」「県西総合病院の建て替え問題は、合併でクリアできるのか」「地元には明野との合併を望む声が強い」―の意見が出た。
 しかし、同協議会では「執行部と議会、各種団体が一体となり、よりよい合併を目指そう」(稲葉会長)の意見が大勢を占めた。これにより、真壁郡と岩瀬町の六町村議会で下館市との対等合併を模索する動きは頓挫することになった。
 同町では近く、町内四地区で住民説明会を開き、平間町長が報告する。大和村では七日、岩瀬町では十二日に開く議会全員協議会で両町村長が正式に報告する。三町村が合併すれば、人口約四万九千五百人、面積一七九・七八平方キロ、利用できる合併特例債の上限は約二百二十一億四千万円。

13日から筑波山梅まつり

「眺望抜群」梅むすめがPR

 古い街並みや土蔵など、歴史的建造物が数多く残る真壁町の中心商店街で、「蔵の街・真壁のひなまつり」が始まった。三月三日までの一カ月間、同町を訪れる観光客は昔懐かしい家並みを散策しながら、各種ひな人形が楽しめる。
 同町の若者ら十人ほどでつくる「グルッペ和の風」(柳田隆代表)が取り組むイベント。国の登録文化財に指定された見世蔵や旧家、旅館など二十一軒が参加、江戸時代から平成までの合計三十二点のひな人形が飾られている。
 四年前に柳田さんが山形県を訪れた際、ある町で家々の玄関にひな人形が飾ってあることに刺激を受け、企画を温めていた。昨年暮れ、商工業者や町職員らのメンバーらが酒を飲む機会があり、この話題に共鳴して準備に取り掛かった。
 知り合いに声を掛けたところ、次々に町民有志から参加の輪が広まった。その結果、江戸、明治、大正時代の貴重なもの、戦時中でも飾られた小さなひな人形も集まった。当家でさえ初めて目にするひな人形もあり、「先祖の供養になる」と喜ばれている。
 年代ものにはこだわらず声を掛けたため、「ずっとしまい込んでしまい、何十年かぶりで日の目を見た」と、親子で刺激になっている。順番に歩ける専用のマップも用意、休憩所などでは甘酒のサービス(土日、祭日)などもある。
 柳田代表は「寒い中、真壁を訪れてくれる人たちをもてなしたい。地元のお年寄りや子供たちにも楽しんでもらえるイベント。参加してくれる家々が主役になって輝いています」と話している。三月二日には流しびなを予定している。
 問い合わせは、蔵布都内の「和の風」(電話0296・55・1092)まで。

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