2003年3月24日

選抜高校野球、藤代が初戦突破

ミスに乗じ駒大苫小牧に競り勝つ

 藤代、接戦制し三回戦へ―。第七十五回記念選抜高校野球大会第二日は二十三日、阪神甲子園球場で二回戦四試合が行われ、二年ぶり二度の出場の藤代は、先発・美馬学投手(二年)の好投で初出場の駒大苫小牧(北海道)を2―1で下し、初戦突破を果たした。
 藤代は先発・美馬投手の力投が光った。鋭く曲がる多彩な変化球、切れのある直球を主体に、駒大苫小牧打線をほんろう。六回に同点本塁打を浴びたが、八、九回のピンチをしのぎ、一点差を守りきった。
 打線は振るわず四安打。つながりを欠いたが、二回に相手投手のけん制悪送球で難なく先制。同点で迎えた七回には、中崎達也(三年)の右前打を足場に、美馬の中犠飛で貴重な勝ち越し点を奪った。
 持丸修一監督は「八、九回は県大会と同じように苦しい展開だったが、選手たちがよく踏ん張ってくれた」と話し、石倉剛史主将(三年)は「緊張で初回は何が何だが分からなかった。悪い内容ながらも、勝てたことが大きい」と安どの表情で振り返っていた。
 藤代の三回戦は、大会第六日(二十七日)の第三試合(午後二時三十分開始予定)で、徳島商(徳島)と初のベスト8懸けて対戦する。

パラグライディングW杯が開幕

八郷の山ろく舞台に130選手が集う

 パラグラダーの世界チャンピオンを決める「『パラグライディングW杯』茨城2003」の開会式が二十三日夕、八郷町役場前駐車場で開かれ、海外からの出場者を含め、百三十人の選手が健闘を誓い合った。
 競技は二十四日から始まり、三十日までの八日間、同町の足尾山、加波山山ろくを中心に、フライトテクニックを競い、上空高く、熱い戦いを繰り広げる。
 同W杯は九二年にスタート。年間、五―六戦を世界各地で開き、個人総合、女性部門総合、チーム総合などの部門ごとにタイムを競う。今大会は、足尾山の離陸地点からスタートし、数カ所のポイントを通過、最終着陸地点の八郷町役場脇のゴールを最終地点にタイムを競う。難度の高い飛行テクニックも重要なポイントになる。
 開催に合わせて町役場庁舎前駐車場で、二十三日から「W杯スカイフェスタ茨城」が始まった。二十九、三十日の両日も熱気球の体験搭乗やラジコンヘリ演技、地元特産品の展示即売会、工芸品を展示即売するクラフトフェア展示即売などのイベントが開かれる予定。
 二十三日午後四時から同役場駐車場で行われた開会式には、橋本昌知事をはじめ、額賀福志郎代議士、桜井富夫県議、関野和夫八郷町長、平間小四郎真壁町長らも出席。地域の自然を十分に体感しながら、感動と熱気あるフライトテクニックの披露を期待した。
 フィナーレを飾った選手宣誓では、日本を代表して辻強選手が「より強く、より高く、感動あふれるフライトで技を競うことを誓う」と選手宣誓し、熱戦の火ぶたを切った。

男女共同参画目指しサミット

来年度に水戸で開催決定

 男女が対等の立場で社会参加することなどを目指す「男女平等参画基本条例」を制定している水戸市で、内閣府などが主催する「全国男女共同宣言都市サミット」を来年の二〇〇四年度に開催することがこのほど決まった。本会議最終日で退任のあいさつをした岡田広市長が明らかにしたもので、岡田市長は「全国サミットを弾みにして、男女平等のすばらしい市に発展して欲しい」と述べた。
内閣府では男女平等参画の理念を広げるため、一九九六年度から全国各地で毎年実施しているもので、今年は福井市と愛媛県新居浜市の二カ所で開かれる。二〇〇四年度の開催地となる水戸市では全国一カ所となり、第九回目の全国サミットとなる。
 県内で初めて全国サミットを誘致した市では、今後実行委員会を立ち上げるとともに、内閣府と協議しながらサミットの内容や日時などを詰めていく。例年、全国サミットは一日の日程で、男女平等宣言都市をしている全国自治体が一堂に集まり、基調講演と宣言都市の首長がパネラーを務めながらシンポジウム形式で行っているという。
 同市は他の県内自治体に先駆けて、一九九六年四月に男女共同参画都市宣言をし、二〇〇一年九月に「日本女性会議2001水戸」の開催に合わせて同条例を制定。この条例は行政や市民、事業者が一体となって、平等・創造・平和を基調とした心豊かな男女平等参画社会の実現することが目的。
 本県でも二〇〇一年四月に「県男女共同参画推進条例」を施行。県女性青少年課によると、県内では水戸市のほか、日立市、龍ケ崎市、波崎町の四自治体で同条例を制定している。市男女共同参画推進室によると、宣言都市した自治体は全国五十九市町村(今年度現在)に上るという。

金砂大例祭に8万5千人

水府で神事と田楽舞奉納

 西金砂神社(金砂郷町)と東金砂神社(水府村)主催の「第十七回磯出大祭礼」は祭り二日目の二十三日、水府村の二カ所で神事と田楽舞がそれぞれ奉納された。古式ゆかしい装束に身を包んだ大行列に加えて、祭りの呼び物の一つである田楽舞が披露されたこともあり、二カ所の会場周辺は延べ計約八万五千人(同日午後三時現在)の見物人で埋め尽くされた。
 国選択民俗芸能・県指定無形民俗文化財に指定されている田楽舞は、東西の神社それぞれ独自の舞を行う。この日の西金砂神社田楽舞は、鳥のかぶとに猿田彦の面を付けた「四方固め」、笑い面と獅子舞との二人一組で演じる「獅子舞」、白装束をまとった五人が種まきをする「種まき」、それに鬼の面をかぶり紅白の布を巻き付けた十字の形の高足と、羽田扇を持って舞う「一本高足」の計四つの舞を披露した。
 広場中央付近に設置された、縦横それぞれ長さ約四・五メートル四方の舞台上では、正面に据え置かれたみこしと神棚を前に、九人の田楽師が楽師の演奏に合わせて、優雅に舞いを披露した。特に「種まき」の舞では、実際に種もみを舞台から観客にまく場面、「一本高足」では田楽師が棒に乗って飛び跳ねる激しい舞では、会場から大きな歓声と拍手が沸き起こった。
 大祭礼最初の田楽舞が行われた同村中染の会場には、早朝の午前五時ごろから場所取りする観客が出始め、午前八時からの祭事には、舞台周辺は身動きが取れないほどの群衆が押し寄せた。
 田楽舞の会場から道を挟んで真向かいの民家から見物していた近くに住む、和田はなさんは、七十二年前の大祭礼では、民家に寝泊まりしながら水木浜まで行列を追い掛けた経験がある。和田さんは「昔はお祭りが最大の娯楽だったので、親せき一同で楽しく見ていた。七十二年前の私は祭りに夢中になり、行列と一緒に歩いたのがいい思い出です」などと話した。田楽舞はこのほか同村和田でも行われた。
県警総合警備本部によると、この日午前中の中染祭場の田楽舞には計約一万七千人が、また午後の和田祭場では計約七万五千人の人出があったほか、中染から和田までの約八キロにわたって行われた行列には、延べ約計四万三千人の見物人が繰り出した。

加藤県議会議長が水戸市長選転出

念願のポストに向け紆余曲折の出馬

 岡田広・前市長の参院補選転出に伴い、四月二十七日に行われる水戸市長選に、加藤浩一・前県会議長が出馬表明した。十年前からささやかれ続けた市長転出。ライバル岡田氏に先行され、「芽は消えた」とさえ言われたが、故・久野恒一・参院議員急死で玉突きのように出番が回ってきた。しかし、立候補表明までには紆余曲折が。現職議長転出の舞台裏を探ってみた。
 ◆意欲満々◆
 まさに遅すぎた市長選だった。元水戸市議で、副議長まで経験した後、県議に転身した加藤前議長。以前から市長選に意欲を燃やしていた。故佐川一信市長が、知事選出馬で辞職した一九九三年以来、今回は五度目の正直と言って良い。
 密かに決意した九三年は、より人気者の岡田市長が、先に名乗りを上げて流れが止まった。市長の知事選転出、参院選転出が噂(うわさ)された九七年、九八年、二〇〇一年と続けて市長が決断せず、「政治家には運不運がある。加藤さんにはかわいそうだが…」とささやかれた。
 それが、ひょんなところから機会が訪れる。昨年秋、自民党参院議員の故・久野氏が急死。後継候補として、岡田氏に白羽の矢が立った。市長が参院に転出するなら、そのポストに空きができる。強力なライバルもない。
 二十日、議長辞職後の記者懇談で、公には初めて立候補表明した。在任二カ月だけに、「後ろ髪引かれる思いはあるが、二百を超す団体、企業から推薦をもらい、最後に骨を埋める場所かと思った」と強調。持論の六十五歳定年に間に合った。
 ◆噂と思惑◆
 「加藤さんは、市長選に出馬しないんじゃないの」。今年二月、そんな噂が関係者間を飛び交った。岡田市長が参院選に回れば、市長選転出が確実とされてきただけに、「まさか」という驚きの声も。結局は予想のコースに戻るのだが…。
 根拠は以下の通りだった。同月初旬、加藤氏が市内のある会合に出席。「そこで、『事務所は借りた。よろしく』と、市幹部のテーブルを回ったが、反応は必ずしも良くなかったと聞く。主な支持者は、態度がハッキリしなかったし…」と。
 噂が流れたのは主に市役所と市議会。「種田(誠)さんか、幡谷さんの長男が出るらしい」「複数の若手市議が出る」の話が付されていた。市職員組合は「市や議会の有力者が、やりやすいようにと願い、思惑を込めて流しているんじゃないか」とみる。
 「でも、三月定例市議会が十九日、同県議会が二十日に最終日。調整がついたんだと思った。加藤さんは、ギリギリまで表明せず、議長職の責任を全うし、岡田市長辞職後に自分も辞めるんだなと」。ある自民党関係者はそう断言した。実際、その通りの展開となった。
 ◆ぜいたくな悩み◆
 市長選に「出る」「出ない」がハッキリしなかったのは、加藤・前議長側にも一因がないではない。本人も、進むべき道について迷いがあった。水戸市長もそうだが、もう一つの道もまた、極めて魅力的な選択肢だったようだ。
 別の選択肢は、一年任期の県会議長を意味しない。議長任期後は自民党県連幹事長。複数の県幹部や県政通は言う。「一年後すぐなのか、長谷川(大紋)さんが幹事長になり、その跡目なのかは判らないが、県議に止まるなら将来の幹事長は確実だった」。
 茨城は、全国でも珍しい自民党王国。それを支えるのが、県議を中心とした党県連。知事も党所属国会議員も、県連や幹事長らを無視できない。県政全般を掌握する夢もあった。迷うのも当然だったろう。
 「これ以上はない、ぜいたくな悩み。上の世代や同世代で、転身、失脚、死亡が相次ぎ。いつの間にかライバル不在になった」というわけだ。加藤氏本人も、「そりゃあ、悩むよな。ぜいたくと言われればその通りだ」と笑う。
 ◆岩井直結?◆
 「『議長をやるくらいの人に、(水戸市長を)やってもらいたい』って声もある。市民の声はいろいろだ。下らねえ質問だな」。今年一月二十六日の水戸市大町。自民党県連の役員会議室で、山口武平会長はそう吐き捨てた。
 衆参統一補選候補発表の席で、市長選転出を批判した記者に反論した。そればかりか、「加藤さんは、(水戸)市会議員もやってて、市政のことは良く知っている。うまくいくんじゃないかな」と強調。転出に前向きな理解さえ示した。
 下馬評通り、加藤市長が誕生すれば、水戸市長選の歴史上初めて、政党が影響を発揮したことになる。同市長は従来、実質的に旦那(だんな)衆が選んだ。佐川、岡田両氏も山口会長と深いが、擁立段階の政党関与は極めて薄い。加藤擁立の力学は違うようだ。
 「岡田さんも、会長の秘蔵っ子だったが、加藤市政の意味はもっと深いのでは。急増した県庁OBの市町村長は、二年半後の知事選には重い役割を果たす。でも、県都に会長直結の市長が誕生すれば、水面下の政治力学はかなり変わるだろう」。ある政界通はそうつぶやいた。

−過去の紙面へ−
−HOME−

headlinenews