
取手市の大橋幸雄市長は二十七日の定例記者会見で、昨年八月に一次稼働した住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)について、離脱を含めた見直しを検討していることを明らかにした。住基ネットは八月の二次稼働により、転入届の簡略化や他の市町村で住民票の交付を受けられるなど本格的なサービスが始まるが、「離脱」を含む見直しを表明したのは県内では同市が初めて。
住基ネットの一次稼働では福島県矢祭町が不参加したほか、横浜市は希望しない市民には強制しないとして、選択制を採用。東京都国立市は昨年十二月に住基ネットから切断した。投入される税金の額が大きい割にメリットが少ないとの指摘もある。
住基ネットについて大橋市長は「どんなにしっかりしていても、セキュリティーの保障はありえない。住民の保護が本当に大丈夫なのか、安全なセキュリティー確保や今後の経緯で市民がどう関心を持つのかも考えたい」と話した。
住基ネットに反対するジャーナリストや弁護士らでつくる「国民共通番号制に反対する会」(桜井よしこ代表)は二十六日、都内で記者会見を行い、四月の統一地方選で、住基ネットからの離脱や見直しを掲げる首長選立候補予定者の応援をすると発表。大橋取手市長も会見に同席した。
土浦市は二十七日、来月一日付の人事異動を内示した。異動者は昨年の二百九十九人を上回る三百三十四人(うち昇格百四十二人)。退職する広田宣治市長公室長の後任には五頭英明市民生活部長、市民生活部長には日下部和宏水道部長が就く。
今回の異動では、千代田、霞ケ浦、新治との四市町村合併の実現に向け、県派遣職員一人に加え、合併推進担当職員を四人増員、計七人として合併協議会設置に向けた準備を整えた。
また、十月の総合窓口開設に向け、市民課の職員を増員。障害者支援費制度が四月から導入されるほか、まちづくり特例市制度による身体障害者手帳の交付事務委譲に備え、福祉部門の職員も増員した。一方、昨年八月の全国高校総体の終了に伴い、高校総体推進室を廃止した。
つくば市は二十七日、四月一日付の人事異動を内示した。総務、企画両部長に久松道夫、飯泉敏夫両部次長がそれぞれ昇格する。また、保健福祉部次長に片岡かつ子障害福祉課長が昇格、女性が次長職に就くのは同市では二例目となる。
部署の名称変更を除く実質的な異動者は四百六十人。昨年の旧茎崎町との合併に伴い、他団体との交流を進めた結果、若干、規模が拡大した。
退職者は四十九人で、鈴木則行総務部長、増山博企画部長ら部長級十人が退職するのに伴い、五十二人が管理職に昇格する。このうち女性は次長に一人、課長級に四人、補佐級に六人を登用した。
このほか市民環境、保健福祉、経済、都市建設の四部と教育委員会事務局に次長を二人置く。
結城市災害救援ボランティア連絡会の鈴木勇会長は二十六日、市内で発生した火災でいち早く現場に駆け付け、火災の鎮圧に積極的に支援・協力したとして、筑西広域市町村圏事務組合消防本部の本橋幾郎消防長から感謝状を受けた。
市内で建設業を営んでいる鈴木さんは、一九九五年一月に起きた阪神淡路大地震で、実際に現地を訪れて約一カ月にわたり災害救援活動のボランティアを体験。これをきっかけに、九六年四月に同ボランティア組織を発足させた。
現在は、会員六十五人・団体を擁すまでに発展。同市や市社会福祉協議会、消防、警察など関係機関や団体などと連携し、横断的な協力態勢を実現して、メンバーらが災害救援ボランティア員として活躍している。
鈴木さんは火災などの際に、いち早く情報を得て現場に駆け付けている。混乱の中で、一般車両の交通整理に当たったり、夜間にはポンプ車からのホース運びがスムーズにできるように、自分のトラックに設置した投光器で照らし、消防活動などに協力している。
つい最近も、市内の建設作業場近くで火災が発生し、現場を照らすなどして活躍した。鈴木さんは「災害現場では何よりも規律や統率が大事。消防署員や分団員には、普段から顔を覚えてもらっているので、脇役として認められるのだと思う」と話している。
半面、鈴木さんには気になる点も多い。災害時の避難所となっている学校や体育館などは耐震性に問題があるケースが多く、建物の見直しが急務。健常者よりも高齢者や独居老人など弱者を優先させるシステムがなく、そうした場の確保が問題だという。
また、行政が主催する防災訓練は「見せる」ための訓練になりがち。いざ本番となったときに、「どこまで本当に機能するか?」と疑問を投げ掛ける。そのため、本番に役立つ市民本位の訓練や自主防災組織の立ち上げを促している。
七十二年に一度の「第十七回金砂大祭礼」は二十七日、平安時代初期から千百五十二年続いているとされる祭りの歴史の中で、初めて山方町諸沢地区を行列が練り歩いた。祭りを歓迎するため会場では、児童数の減少などから今月三十日で閉校する同町立諸富野小学校(川又淨範校長)の全児童十四人が「金砂神社祭礼太鼓」を披露した。地元では心待ちしていた大祭礼を歓迎する一方で、地域の中心的な存在だった学校が消滅することに寂しさを感じながら、この日ばかりは山間に響き渡る子供たちの太鼓を音を聞きながら、一生に一度の祭りを楽しんでいた。
祭りを主催する東西の金砂神社のうち、西金砂神社の氏子には、地元の諸沢地区の住民が多数加わっていたため、地元の要望を受ける形で、初めて諸沢地区で行列と神事が実現した。
午後零時四十分に花火の音を合図に諸沢駐在所前から約三百人の中行列が出発。神事が行われる同小学校脇の広場までの約三百メートルの距離を、約十五分かけてゆっくり練り歩いた。行列を迎えた児童たちは、全員が法被と鉢巻き姿で、六つの小太鼓と一つの大太鼓を交代しながら、息の合ったばちさばきをみせた。
この祭礼太鼓は山方町の無形文化財に指定されており、地区の住民が保存会を結成して子供たちに伝統芸能を伝授している。保存会のメンバーの細貝末三さんは、「本来は大祭礼では鳴り物は禁止だが、長年にわたり祭礼太鼓を指導し、子供たちも練習してきたので、お披露目の機会を作ってもらった」とし、子供たちの晴れの舞台に満面の笑みを浮かべた。
細貝さん自身は同小学校のスクールバスの運転手を約二十年務めていたが、閉校が決まり、子供たちの送迎も今年度で終えるとあって、「時代の流れとは言え、非常に寂しいですね」と話した。
約二千人の見物客が詰め掛ける中で祭礼太鼓を演奏した同小学校六年の佐川隆平君は「こんなに大勢の人を前にたたくのは初めて。人の多さに驚き、緊張しましたが、演奏しているうちに楽しくなりました」などと感想を語った。閉校を目前に佐川君も「学校がなくなるのはとても寂しいです」としんみりした様子で語った。
演奏終了後は、児童らは記念に友達や親と一緒に、みこしをバックに記念撮影していた。一八七四(明治七)年に創立された同校は今月三十日、百二十九年の歴史に幕を下ろす。
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