
国土交通省と日本道路公団が整備を進めてきた首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の県内区間として初めて、常磐道のつくばジャンクション(JCT)からつくば牛久インターチェンジ(IC)まで一・五キロ区間が二十九日に開通した。同時に接続道路の国道6号牛久土浦バイパスも一部開通、牛久市方面から常磐道へのアクセス性が向上、十分程度短縮され、交通重体の緩和も期待されている。二〇〇七年度開通をめどに、つくばIC(仮称)―つくばJCT間、つくば牛久―江戸崎IC間の整備が進められる。
開通に先立って同日、つくば市稲岡の同ICで、沿線の自治体関係者や、地権者ら約五百人が出席して、圏央道と同バイパスの開通式典が開かれ、テープカットやパレードで開通を祝った。
式典では、主催者を代表して、渡辺和足国土交通省関東整備局長が式辞を述べた後、来賓の橋本昌知事、葉梨信行、中山利生、石井啓一、小泉俊明各衆院議員、地元市町村代表の藤沢順一つくば市長があいさつ。橋本知事らは、圏央道による地域連携や、交流の活発化による波及効果が大きいことを期待し、早期完成を求めた。
式典後、橋本知事や国会議員ら、九人がテープカットしたほか、地元の小野川小学校の新六年生、飯野沙也佳さんと宮本優花さんをはじめ、市町村長や議会議長、地権者団体など三十六人が、くす玉を開いて開通を祝った。また、バスに分乗して開通区間を通り初めした。
圏央道は、都心から四十―六十キロを環状に結ぶ延長約三百キロの高速道路。一九九六年三月に関越道鶴ケ島JCT―青梅IC十九・八キロ、昨年三月に青梅―日の出IC間八・七キロが開通している。県内区間は七十・五キロ。
今回開通した区間は、九七年度に用地買収に着手、二〇〇〇年二月に着工した。事業費は約三百九十億円。用地買収から六カ年というスピード開通となった。
一方、牛久土浦バイパスは、慢性的な交通渋滞が生じている国道6号の牛久駅、荒川沖駅周辺の市街地で、通過交通を分離するために計画。延長は牛久市遠山から土浦市中まで約十五・三キロで、今回は、つくば市西大井の国道408号から同市稲岡の学園西大通りまで二・三キロが開通した。事業費は約二百億円で、圏央道つくば牛久ICのアクセス道路にもなる。
県教委は二十九日、今春退職する教職員を発表した。学校、教育庁など合わせて、昨春より十一人多い五百九十八人が三十一日付けで教壇を去り、後進に道を譲る。
退職する教職員の小中高など別の内訳は、小学校は百九十二人、中学校百二十三人、高校二百十二人、特殊教育諸学校六十七人、教育庁など四人。
うち、定年を迎えて第二の人生を歩むのは学校など合計で三百人、また勧奨退職は百七十二人、普通退職は百二十六人。
校長、教頭の退職者をみると、校長は小学校は五十四人、中学校三十一人、高校四十二人、特殊教育諸学校四人。教頭は、小学校十三人、高校八人。中学校と特殊教育諸学校はともにゼロ。
龍ケ崎市上町の「旧小野瀬邸」写真撮影会が三十日まで、同邸内部を開放して行われており、市民らがカメラを手に多数訪れている。「町にみつけた私の感動」をテーマにした撮影会は、昨年秋に発足した「龍ケ崎の価値ある建造物を保存する市民の会」(片山善一郎代表)が企画。同邸の魅力を、いろいろな角度からとらえてもらう撮影会と写真展により、さらに保存のための運動をすすめていこうと行われた。
撮影会には、初日に約百人が訪れ、市民の関心の高さがうかがえた。ふだん、開放されていない室内は、床の間付きの和室、二階の客室などを見学したり、庭からの眺めなどを楽しんだ。屋内の珍しい造りを撮影する人や、道路をはさんで建物全体を捕らえる人などさまざま。
見学に訪れた市内の中年夫妻は、「壊してしまうのは簡単ですが、再建するのはとても大変なこと。歴史的建造物として残せればいいと思う」と話していた。
同家は、江戸期から代々忠兵衛を名乗り、三代目小野瀬忠兵衛が肥料商と塩の専売を営み、龍ケ崎の商品経済発展に役割を果たした。同邸は、大正から昭和初期の町屋建築の特色を備えた木造二階建て。ケヤキ材を使った出し桁(けた)造りで、外観は桁から下の壁が押し縁下見板張り、上の壁が漆喰(しっくい)塗り。敷地面積約二千三百十平方メートルに、町屋棟とL字型の住居棟で、背後に池付き庭園がある。道路に面した入り口の広い店の奥に、和室九部屋は畳数七十六帖の大住居。
同保存会は昨年十月、市に同邸保存の要望書を提出、県が文化財指定とすべきか、判定する調査を三月に行い、四月中旬に審査結果が出る予定。
撮影会の写真作品を四月十八日まで募集する。応募先は、同市商工会(電話0297・62・1444)まで。応募写真の写真展を同邸で五月四日から十一日まで開く。会期中、市民による写真コンテストも実施する。
合併特例法期限(二〇〇五年三月末)内の合併実現をめざす「下館市・関城町・明野町・協和町合併協議準備会」(会長・冨山省三下館市長)の第二回会合が二十九日、下館市民会館で開かれ、四月二十二日に正式に法定合併協議会を設置する方向を決めた。
法定協設置に向けた日程では、四市町とも議会全員協議会を経て、四月十一日に四市町同時に臨時議会を開き、法定合併協議会設置議案と予算案を議決する。法定協が正式に立ち上がった後、五月二十三日に第一回法定合併協を開く予定。
この日は、臨時議会で議決する法定協の予算や、関係する諸規定などを協議。予算では四市町が各一千万円ずつ拠出して合計四千万円を組み、提出する議案の文面や協議会設置規約、専門部会、分科会設置などの設置要項などについて、参加した執行部・議会代表ら約三十人が了承した。
ただ、議会内で合併の枠組みをめぐり、意見が対立している協和町議会は、柳田義廣・合併特別委員長が、「合併に対する考え方では、まだ町民間に機が熟していない。もう少し日をおかないと議会でも結論が出ない」として猶予期間を求めた。
これに対して、大木均協和町長は「アンケートや住民説明会、大方の議員も四町村合併推進を了承している」と反論。下館市議会の山口明・合併特別委員長も「協和町は四町村の任意協経験もあり、機は熟しているはず。町長の意向を尊重して合併に合流してほしい」と同一歩調を促した。
柳田委員長はなおも、「協和町の流れは、前町長が四町村合併を推進し、今は新しい町長が四市町の方向を打ち出し、住民も東に向くか西に向くかで、合意が得られていない。前夜にも議員で会合を持ったが、結論は出なかった」と食い下がった。
しかし、協和町の金澤良司特別副委員長は、「住民説明会でも大方は、現在の四市町のままでいいと支持し、議員間も過半数が支持している。『(柳田)委員長が採択はならん』としただけ」と述べるなど、改めて議会内の根深い対立構造を浮き彫りにさせた。
理解力があるのに、文字の読み書きが苦手なLD(学習障害)、集中力が乏しいAD・HD(注意欠陥・多動性障害)などの子供たちについて、研究家や体験者の講演を通じ幅広い理解を求める「LD、AD・HD公開講座 つまずきがちな子ども達への理解と支援」(リヴォルヴ学校教育研究所主催)が二十九日、土浦市大和町の県県南生涯学習センターで開催された。県内外からの教育関係者や、一般参加者ら二百七十人が参加。熱心に耳を傾けた。
同講座は今回で三度目。同研究所は、つくば市を拠点に活動し、さまざまな学習問題について、学校と連携しながら、地域社会で研修を積み、個人での教育資質向上を目指す民間非営利組織で、このほか不登校や英語教育についても、専門家を招いた講座を実施している。
午前の部では、茨城大学教育学部の松村多美恵教授がLDについて講演。同障害の定義から発生原因、視覚・聴覚系、空間、対人関係まで、認知上で困難とされるパターンや、全般的な対応策について、配布されたレジュメを用い、詳細で分かりやすく解説。参加者らはメモを取りながら聞き入った。
また、実際に同障害をもつ、大学院生の松本太一さんと、同障害児教育が進むイギリスへ留学中の藤堂高直さんが、体験談を講話。
松本さんは、小学生時代を振り返り、「漢字を書くのが苦手で、離席も日常的だったが、学級委員になれたことで、自分の存在意義を見出し、前向きになれた」と語った。
藤堂さんは、イギリスからビデオレターでの参加。自身が抱える読み書きのLD「ディスレクシアス」について、日本の教育現場での非認識に対し、イギリスでの充実した教育サポートの現状について解説した。
最後に、会場へのメッセージを求められた松本さんは、「だれでもみな可能性が必ずある。困難でも存在意識と希望をもって挑戦してほしい」とエールを送った。
自閉症とAD・HDの障害のある九才の息子を持つ、水戸市から参加した女性は、「同様の講座参加は初めて。専門家でも同障害への認識は薄く、学校での対応も困難とされていたので、今日は大変勇気づけられた。今後も同講座や勉強会や参加し、教育指針を探っていきたい」と話した。
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