2005年12月1日
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| ●04年の政治資金3年ぶり14.5%減 |
| 政党では自民党がトップ |
| 県選挙管理委員会は三十日、政治資金規正法に基づき報告のあった、二〇〇四年分政党その他の政治団体の政治資金収支報告書の要旨を県報告示した。〇四年収入額は、政党が前年よりも12.0%減の十三億六千七百万円、その他の政治団体が18.5%減の七億九千四百万円、合わせて二十一億六千百万円となり、全体では衆院選や統一地方選、衆参補選と大きな選挙が重なり平成に入って過去最高だった〇三年よりも三億六千六百万円(14.5%)減少した。 報告書は政党が自民党の六支部を除く二百二団体、その他の政治団体は千百六団体のうち81.7%の八百九十六団体が提出した。 県内五政党の〇四年の収入額は、参院選があったものの、前年よりも一億八千六百万円減った。前年を下回ったのは三年ぶりとなる。 政党別では最も多かった自民党が15.0%減の七億千二百万円、共産党が8.3%減の四億三千六百万円、民主党が0.1%増の一億三千六百万円、公明党が9.7%減の六千五百万円、社民党が40.7%減の千六百万円と、民主党以外はいずれも前年より減っている。 収入の内訳で、個人や団体からの寄付は自民党が二億四千七百万円で最も多く、次いで共産党(個人のみ)一億三千七百万円、公明党(同)三千六百万円などの順となっている。政党以外の政治団体の収入額も三年ぶりで前年を一億七千九百万円下回った。 |
| ●贈賄で稲敷市議逮捕 |
| 議長選に絡み現金配る |
| 県警捜査二課と稲敷署は三十日、稲敷市議会の議長選で、現金を配り投票を依頼したとして、稲敷市柴崎、同市議川崎朝城容疑者を贈賄の疑いで逮捕した。 調べによると、川崎容疑者は四月四日にあった臨時議会の議長選で、議長に立候補した。議長選を前に同僚市議に対し、市議の自宅で現金数万円を配り、投票と他の市議にも働き掛けるよう依頼した。さらに別の市議にも、同様の趣旨で市役所庁舎内で、現金数万円を配った疑いが持たれている。もう一人の市議には、現金を配ろうとしたが、断られたという。 県警は十一月十日に川崎容疑者の逮捕状を執行したが、川崎容疑者は病気で入院。川崎容疑者の回復を待って逮捕した。川崎容疑者から現金を受け取った二人については、近く収賄の疑いで書類送検する予定だ。 稲敷市は江戸崎、新利根、桜川、東の四町村が三月に合併して誕生した。現在六十五人が在任特例で市議に就任している。議長選には四人が立候補し、川崎容疑者は得票順位が三番目の十二票で落選した。 |
| ●彩花ちゃん募金、1億円余達成 |
| 父親が報告 |
| 腸に重い病気を患い、余命数カ月と宣告された水海道市の運送業神達良司さん、宏美さん夫妻の長女彩花ちゃん(生後十カ月)を救おうと結成された「あやかちゃんを救う会」(戸塚一彰会長)の第二回総会が三十日、水海道市内で開かれ、同日までに目標募金額の一億三千万円を達成したことが報告された。彩花ちゃんは移植手術を受けるため八日か九日ごろ渡米する予定。 父親の神達さんは「時間との戦いだったが、皆さんのお陰でわずか二週間で達成できた。皆さんに手を引っ張っていただいて渡米というスタート地点まで山を登らせていただいた。彩花の強い生命力を信じるしかない。ありがとうございました」と涙で声を詰まらせながら感謝の気持ちを述べた。 募金活動は十九日から、県内外計五十カ所で街頭募金活動が実施されたほか、千八百カ所に募金箱を設置。三十日までのわずか二週間で計約一億三千八百万円が集まり、励ましのメールが約千通寄せられた。 |
| ●青少年の健全育成へ |
| 阿見で県南地方研究集会 |
| 二〇〇五年度青少年健全育成県南地方研究集会(県県南地方総合事務所、県南地区青少年問題協議会連絡会主催)が三十日、阿見町荒川本郷の町ふれあいセンターで、行政、青少年健全育成関係団体の関係者ら約二百人が参加して開かれた。善行青少年五十一人を表彰し、守谷市の子ども会育成連合会と、同会の高校生会OBらで組織するヤングリーダースクラブが活動実践の事例を披露した。 青少年健全育成にかかわる関係者が一堂に会して連携強化を図りながら、課題解決に向けての理解や認識を高めようと開かれており、人命救助や自主的な社会奉仕活動などをたたえ、毎年、善行青少年を表彰する場にもなっている。 活動事例発表では同連合会の堀込安子副会長と、遠藤俊弘同会ヤングリーダースクラブ会長がそれぞれ、活動内容を報告。積極的な活動アピールや加入会員増に力を入れながら、より質の高い活動実践につなげたいと訴えた。 その後、駒澤大学の萩原建次郎講師が「青少年の社会的自立に向けた大人の対応」のテーマで講演し、集会を締めくくった。 |
| ●室町以前の池跡確認 |
| 小田城跡発掘調査 |
| つくば市教育委員会は三十日、同市小田の国指定史跡・小田城跡の二〇〇五年度発掘調査結果を発表した。本丸跡の南側に、室町時代以前に造られたとみられる関東の武家では最古の池跡が確認された。十六世紀には、大規模な火災に見舞われた後、炭化した米などで埋め戻されていたことが新たに分かった。 本格調査は二〇〇四年度から五カ年計画で実施、今年度は二年目。本丸跡の南東約三千六百平方メートルが発掘された。 確認された池の大きさは、南北約三十メートル、東西約十三メートル、深さ約六十―八十センチと南北に細長い形で、岬や洲浜などがある入り組んだ地形。池底には石が敷かれ、護岸は石を使用しない「草止め護岸」だった。 中世の武士にとって、居城に池を造成するのは、上層階級のステータスシンボルだった。一般の武家屋敷にも造成されるようになったのは江戸時代になってからで、小田城の池は当時、小田氏が有力氏族だった証しという。 さらに中世の池は、護岸に石を配置するのが一般的な造りだったことから、小田城の草止め護岸は、平安時代の寝殿造りの流れを組む公家風の古風な造りとみられる。 一方、この池は、十六世紀に小田城が大規模な火災に見舞われた後、埋め戻されていたことも新たに分かった。十六世紀後半、小田城は、結城氏、上杉・佐竹氏などに攻められて落城、一五七〇年には佐竹氏に城を奪われた。城を奪った武将が、小田氏のステータスシンボルだった池を埋めてしまったなどが考えられるとしている。 今年度の調査結果は四日午前十時半からと午後一時半からの二回、現地で説明会が開かれ報告される。詳しくは市出土文化財管理センター(電話029・867・4757)へ。 |
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