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2007年2月16日
●参院選、民主党候補に藤田氏
連合茨城が容認
今夏の参院選をめぐり、連合茨城(石井武代表)は十五日、三役会と執行委員会で、元内閣官房参事官補佐、福島伸享氏の擁立断念を決めた。これを受け、民主党県連(大畠章宏代表)は、きょう十六日にも元衆院議員、藤田幸久氏の公認を党本部に申請する。

連合はこの日、午前中に三役会、午後から執行委員会を開催。非公開で、詳細なやり取りは不明だが、出席者の話を総合すると、三役会で石井会長は、党本部が藤田氏公認を求める状況から、福島擁立は断念せざるを得ないと説明。理解を求めたという。

この後、同党県連の大畠代表、長谷川修平幹事長が会議に参加。大畠代表が、@人柄・経歴・見識A小林元参院議員が推薦B党への貢献度も高く即戦力――などを挙げながら、藤田氏が参院の候補として最適と強調。理解を求めた。

関係者によると、事前の話し合いで、大半の副会長は福島氏支持だったが、連合と県連の間でこれ以上、内輪モメが続くと、参院選ばかりか統一地方選、次の衆院総選挙を控え、双方にとって得策でないと判断。福島氏断念の方向を確認し、執行委員会で正式に決定した。

しかし、藤田氏擁立については、党県連の機関決定もまだ。連合は同日、福島氏擁立断念にとどめ、党本部の公認決定後、県連からの正式な推薦依頼を待ち、三月十五日に開く次回の三役会、執行委員会で推薦を決める見通しだ。
●上申書「第2の殺人」で深まる謎
証拠隠滅の疑い急浮上
元暴力団幹部の後藤良次容疑者が上申書で、北茨城市内の山中に七十代の男性を生き埋めにして殺害したと告白する「第二の殺人」疑惑。その上申書提出の一年前、殺害場所とされる現場付近と数百b離れた山林の二カ所で、それぞれ別のユンボが複数目撃されていたことが分かった。いずれも目撃現場は三上静男容疑者の所有地だが、当時、工事施工の形跡はなく、二台のユンボの存在をめぐり新たな疑いが急浮上している。     

ユンボが目撃されたのは、同市磯原町大塚地内の二カ所の山林。二つの土地は市道を挟んで南北に位置し、どちらも三上容疑者が「三上商亊」の会社名義で一九九〇年に取得していた。

このうち殺害現場とされるのは、一部が市道沿いに位置し、比較的に平坦な地面が広がる南側の土地。かつて三上容疑者は宅地造成を計画し、知人に依頼して開発図面まで作成したが、着工されないまま放置されていた。

ところが、計画が頓挫した後の二〇〇四年の秋ごろ、この用地の一角で会社名の記されていない「ミニユンボ」が付近の住民に目撃されていた。市道から東側に十bほど入った場所に、数日間置かれていたという。

さらに同時期、ここから約四百b離れた北側の山林でも、それまで数年間放置されていたユンボが、その後、運転した形跡のあることが、現地を訪れた関係者の話で分かった。

このユンボは、通称「ゼロヨン」と呼ばれる中型で、会社名は消されていた。しかし、車体が青色だったことから、〇二年に倒産した日立市内の基礎工事会社が所有していたものとみられている。

〇三年秋ごろ、現地でユンボを確認した債権者の一人は、「債権整理に関わった三上容疑者が、他の債権者から隠す目的で置いたのでは」と推測する。

ユンボが置かれていた山林は、過去に山砂を採取した経過があり、市道から西側百bの山肌が広範囲に削られ、ほぼ平坦になった用地が広がっている。

問題のユンボは、この用地の南側に放置されていたが、一年後の〇四年秋ごろ、この債権者が再び訪れたところ、「ユンボが約百b北側の奥のほうに移動してあった」という。

ユンボが目撃されたのは、後藤容疑者が別の殺人事件の控訴審で死刑判決を受けた〇四年七月の数カ月後。ここにきてユンボの謎が深まる一方で、「証拠隠滅を図った」とする見方が強まっている。
●サツマイモ給食を提供
水戸内の小学校で生産者らPR
県かんしょ生産者連絡協議会(海東章雄会長、組合員数七百九十人)は十五日、水戸市立赤塚小学校三年生児童七十四人に本県産かんしょ(サツマイモ)を使った給食を提供し、消費拡大をアピールした。

鹿児島県に次ぐ国内二位の生産量を誇る本県産サツマイモを、さらにPRして消費拡大につなげようと、日ごろ積極的に食育を進めている同校で本年度の消費宣伝活動となった。

児童らは食物繊維の豊富な食べ物の一つにサツマイモが挙げられること、その効用や生産農家の苦労など、同連絡協議会幹部らの話に耳を傾けながら本県産サツマイモについて学んだ。

「サツマイモの種類は?」「サツマイモに大小あるのはなぜ?」などの質問も上がり、海東会長らが丁寧に答えていた。

給食では同協議会提供のサツマイモで作ったイカとサツマイモの揚げ物、さつま汁といったサツマイモづくしの給食に舌鼓。同協議会メンバーらと一緒の給食を楽しんだ。
●幻の清酒に挑戦
大正時代の酒米を復活
大正時代に県内全域で栽培されながら、戦後は姿を消した幻のコメ「常豊(じょうほう)茨城一号」を使った日本酒が、筑西市の酒造元の研究によって現代によみがえった。三年前に、貴重なタネもみを九州大学から取り寄せ、これを地元の栽培農家が苦労して育成し、昨秋には本格的に収穫するに至り、今回初出荷にこぎ付けた。全国初の試みで、茨城にこだわった逸品の登場は左党の間で話題を呼びそうだ。

常豊を開発したのは、同市村田の来福酒造。県内産コメでの酒造りに意欲を燃やす、経営者の藤村俊文社長がインターネットで適切な酒米について調べたところ、九州大学の研究室に本県で過去に栽培された常豊が保管されているの見つけ、その二十一粒を譲り受けた。

藤村社長は、この常豊について水戸市上国井町の県農業試験場に出向き過去のデータに当たり、当時の作付状況などを調べた。その結果、大正時代には県内ほぼ全域に普及していたことが分かった。

しかし、昭和初期には、より栽培に適した品種が出回るようになり、次第に衰退。戦後は、コシヒカリなどの隆盛で完全にたち消えた。県農業試験場の職員の間でも、常豊の存在は知られていなかったという。

常豊が酒米として作られたのかは定かでないものの、藤村社長はその名から「茨城県が豊かになるようにという期待を込めて付けた名ではないか」と直感、「県内で消えた、いわくつきの幻の酒米」として復活を思い立った。

六年前から来福の酒米づくりを専門に手掛けている、同市上川中子の県農業経営士、広瀬幸雄さんが三年前に二十一粒のタネもみを預かり、手でまいて育苗、十八粒を発芽させた。

これが約一`のタネもみになり、翌年に十eの水田に作付。約五百`のタネもみを収穫し、これを確保して昨年約五十eに作付して秋に収穫した。三十`入りで四十八袋を収穫し、今回新酒として出荷されるに至った。

広瀬さんは「常豊は晩成種なので台風で倒れたり、殻が固く手刈りに苦労する。刈り遅れると一気に品質が悪くなるので、消えたのかもしれない。まだ研究の余地があるが、酒米に適しており、栽培していて面白い」と指摘する。

来福では、県の花であるバラの酵母(ツルバラ)との組み合わせ、茨城づくしで仕込み、完成した。従来の酒造好適米よりも味は柔らかく、香りとのバランスがよく、うまみがのっている。

藤村社長は「真の茨城の酒と言えるものができたと思う。県内の限定した約三十の酒販店で販売する。本当に酒が好きな方に楽しんでいただければ」と話している。

一・八g換算で三千本を販売。今回は生のみ、今秋には火入れの第二弾(生貯タイプ)を、それぞれ半数ずつ出荷する。小売価格は一・八g二千六百二十五円、七百二十_g千三百六十五円(いずれも税込み)。問い合わせは来福酒造(電話0296・52・2448)まで。
●「筑波山愛ものがたり」を上演
国民文化祭の創作オペラで
来年十一月に開催される第二十三回国民文化祭・いばらき2008(常世の国こくぶん祭)で公演する創作オペラ「小野小町百年の恋―筑波山愛ものがたり」実行委員会が十五日、水戸市中央の水戸市民会館で開かれ、県議で県民オペラ協会長を務めている足立寛作氏が実行委員長に選出された。

同文化祭は〇八年十一月一日から九日までの会期で開催され、県内各地で本県の文化と伝統を発信する。同オペラの公演は十一月三日、つくば市のノバホールで行われる。

足立実行委員長はあいさつで「県民オペラ協会がこれまで、小中学生を対象に上演してきたオペラ『夕鶴』公演活動の成果を新作オペラの成功に結び付けたい。堂々と茨城の文化の光が輝いていることを全国に発信したい」と述べて協力を呼びかけた。

創作オペラの原作は、土浦市の開業医の佐賀純一氏。同氏は、多数の著書を著し、その作品は地域文化賞や外国人記者クラブ最優秀図書賞に輝いている。原作の「筑波山愛ものがたり」は常陽新聞新社発行。

自作オペラ「かぐや姫」で世界に名を馳せた平井秀明氏が、創作オペラの作曲、脚本、指揮の三役をこなす。公演概要によると、千数百年前、京の都から常陸の国に赴任した高橋虫麻呂と小野小町の男女の愛を描くという。演出は、新国立劇場オペラ研修所などで舞台演技を指導している十川稔氏が担当する。

創作オペラの脚本は、今年十一月ごろまでには完成の予定で、キャスト(配役)は、脚本の完成前に東京などでオーディションを実施したい考えだ。

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