2007年3月18日
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| ●北条氏ゆかりの畝堀など発見 |
| 戦国時代、佐竹氏との合戦の舞台−常総の菅生城址 |
| 常総市菅生町の戦国時代の城跡・菅生城址で発掘調査が行われ、北条氏ゆかりの
「畝堀」 (うねぼり) などが発見された。
菅生城はこれまで文献などでしか分かっていなかったが、
北条方の支城の一つで、 戦国時代、 佐竹方との衝突がたびたび繰り返された合戦の舞台だったことが明らかになった。
土地改良事業に伴う発掘調査。 市教育委員会が昨年十二月から今年三月まで、 本丸外側の堀回り約一・二fで調査を実施。 十七日、 現地説明会を開いて調査結果を明らかにした。 菅生城は、 小田原の北条氏の勢力下にあった相馬氏 (本拠地は守谷城) の支城。 戦国時代には、 佐竹氏の家老だった多賀谷氏との間で戦さが繰り返された。 これまで菅生城は、 明治、 大正時代にそれぞれ発行された 「東国東戦見聞私記」 と 「東国戦記実録」 などに記され、 内堀と中堀の一部が発見されていたが、 全体像は分かっていなかった。 今回の調査で、 本丸を囲む堀は二重ではなく、 内堀、 中堀、 外堀の三重だったことがわかった。 内堀は、幅十b以上、 深さ四b以上と、 堀の中では最も大規模で、 船着場と見られる張り出し部も見つかった。 中堀の一部からは北条氏ゆかりの 「畝堀」 を発見。 幅約八b、 深さ約四bで、 底面を畝のように、 でこぼこにしてある。 攻め込んできた敵を身動きできないようにしたとみられる。 外堀の一部からは、 「横矢掛かり」 と呼ばれるかぎ型のでこぼこを発掘。 畝堀と並ぶ北条氏ゆかりの防御策で、 堀をかぎ型にして攻めてきた敵に横から矢を射ったとされる。 時代を経て、 堀の規模を大きくした場所もあり、 鉄砲が使用されるようになった戦国時代後期に合戦の規模が大きくなり、 堀を広げていったと推測されるという。 戦さで使われたとみられる鉄砲玉なども発掘。 茶臼など茶道具も発見され、 戦国大名のたしなみとして流行していた茶道を、 当時の城主もたしなんだとみられるという。 |
| ●応援バンドがラストライブ |
| 鹿島鉄道廃線を前に−石岡 |
| 鹿島鉄道を応援してきた、 クレハプラスチック
(小美玉市) の音楽部 「サウンドWrap
(ラップ)」 が十七日、 石岡市の石岡南台駅前広場で、
廃線前の 「ラストライブ」 を敢行した。 観客約七十人を前に、
長年歌い続ける 「鉾田線」 や、 存続活動にちなんだ
「未来へ走れ鹿島鉄道 (春色の風)」 のオリジナル曲を含む八曲を披露した。 結成二十六年目を迎える。バンド列車を走らせたり、イベント出演で同鉄道を後押ししてきた。 神戸市から駆け付けたファンの、 教員岡田義雄さんは 「演奏を直接聞くのは初めて。 感激で言葉がないです」 と話していた。 リーダーの長谷川久さんは 「たくさんの人が来てくれてよかった。 (鹿島鉄道の曲は) これからも歌い続ける」 と語った。 今後も活動は続く。 同バンドは、 昨年末にCD 「鉾田線―いろんな夢がある」 を約一千枚製作して完売。 売り上げは広告費などを通して同鉄道に還元した。 このほど、 ジャケット約一千枚を新たに追加。 同鉄道の石岡車掌区、常陸小川駅、鉾田駅で三十一日まで取り扱っている。一枚千円。 |
| ●地元企業の技術を継承 |
| デュアルシステム参加校が成果報告 |
| 文部科学省からモデル地域として三カ年の指定を受け、
企業での実習と学校での講義などの教育を組み合わせる実務・教育連結型人材育成システム
(日本版デュアルシステム) に取り組んだ県立日立工業高
(日立市城南町、 山田修一校長) が十六日、
同市幸町の日立シビックセンターで研究期間満了に伴う成果発表会を行った。
同校では県や市、 日立商工会議所、 企業などの協力を得て、
同システムを継続する意向だ。 指定は全国十五地域二十高校で、 工業、 商業、 農業が主な学科。 実践的な教育・職業能力開発の仕組みとして、 企業での実習と学校での講義などの教育を組み合わせるシステム。 一人前の職業人を育てる仕組みをつくるための調査研究を行うもの。 県内では唯一のモデル地区として日立地区が指定を受け、 日立工高で実施された。 地元企業の技術・技能継承者の育成と新たな高校・大学連携の在り方を検討してきた。 地元企業が蓄積してきた技術や技能を担う人材を育成し、ものづくり産業の活性化を図るため、 同高と地域企業との連携を推進。 同校の機械、 電気、 工業化学、 情報電子の各科から希望者を募り、期間中に約四十人が毎週一日、 提携企業に出向いて社員と同じように仕事をした。 夏休みなどの長期休暇時期も続けられ、 「企業実習」 の六単位が認められた。 発表会では、 運営委員長の山本忠安・日立商工会議所会頭が 「生徒たちは替え難い体験をしたはず。 人材は地域で育てる方針で取り組んでいきたい」 とあいさつ。 県教育庁高校教育課の秋山久行副参事や山田校長が、 同システムの意義や生徒たちの成長ぶりを話した。 成果報告のあと、 体験した生徒たちが受け入れ企業や作業内容を紹介、 参加動機、 実習を終えた感想などを報告した。 また、 受け入れ企業や保護者側からも感想が述べられた。 アンケート結果では、 ▽コミュニケーション能力が高まった▽進路選択に役立った▽安全意識が高まった―などが報告された。 課題としては、 企業側から 「週一回の作業で連続性の作業ができない」、 学校と企業間では 「企業実習の整合性の浸透が不十分だった」、 学校関係では 「生徒や保護者にシステムのメリットが伝わっていない」 「部活動への影響を心配する生徒がいる」 ―などが出された。 |
| ●図書館立ち上げに尽力の町職員偲ぶ |
| 7月の一周忌に記念イベント−八千代 |
| 八千代町立図書館 (同町菅谷) の立ち上げと運営に精魂込めながら、
不運にも病魔に侵されて四十八歳の若さで亡くなった同町職員の功績を埋もれさせまいと、
町民有志が七月の一周忌に向けて追悼会を企画し、
準備作業を進めている。 合わせて追悼文集の作成も手掛けており、
出版費用などで広く世間に協力を求めている。
亡くなったのは、 八千代町職員だった山中治雄さん。 同町出身で、 大学卒業後は民間での経験を経て二十九歳で町職員に採用され、 主に中央公民館に勤務した。 公民館図書館運営など社会教育に携わり、 町立図書館建設に奮闘した。 候補地検討や用地取得交渉、 基本構想・計画の立案など下準備の段階からかかわり、 図書館準備室が設置されると中心になって活躍。 基本設計や実施設計などほとんどの業務を担い、 開館準備に奔走した。 一九九九年七月に開館後は展示会や講演会、ライブラリー・ミニシアターなどを精力的に企画。 土着的な映画 「土」 の上映会や地域に影響力のある飯野農夫也・永瀬純一 (いずれも故人) ・谷貝忍の三氏による鼎談イベントなどを手掛けた。 一時期、 耕地課に異動して体調を崩し病院に緊急入院したが、 回復して図書館勤務に復帰。 イタリア・フランス文学者、 大久保昭男氏 (同町出身) の講演会を開催した。 しかし〇六年四月に再度、 緊急入院して七月十四日に亡くなった。 山中さんは町職員のほとんどを図書館建設と発展に捧げた専門家で、 誰よりも図書館業務に精通していた。 ほかの箱物と違い、 図書館は人材育成と運営などにこそ力を入れるべきとし、 地域に根差した情報発信にも情熱を傾けた。 そのため、 よくある読書グループ育成にとどまらず幅広い文化活動を支援、 影響を受けた町民らは数多い。 多方面で薫陶を受けた町民有志ら約六十人が集まり、 偲 (しの) ぶ会実行委員会を設立した。 会長の上野耕志郎さん=同町菅谷=は自営業の傍ら、 尺八奏者でもある。 山中さんとは十年来の交流があり、 図書館でも演奏経験がある。 「山中さんの歩んできた足跡を、 なんとか形にして残したい」 という。 生前の山中さんは食への関心も高く、 町文化協会のグルメの会にも参加。 会長の野口昭一さん=同町平塚=は 「目立たない存在だったが、 ほとんどの催事を支えた。 八千代の図書館に、 こんな素晴らしい人がいたことを世間に知らせたい」 と話す。 追悼イベントは七月二十九日に同図書館ホールで、 二部構成で開く。 一部は尺八奏者の上野会長らによる尺八や箏、 三弦の古典から現代邦楽まで演奏。 二部は山中さんと親交のあった人たちの語らいと、 スライドショーなどを予定している。 追悼文集は関係者ら六十人の寄稿を想定している。一人千二百字程度で、五月十五日締め切り。 交流のあった人から原稿を募集している。 経費は二十五万円ほどかかる見込みで、 広く寄付を求めている。 原稿の郵送・問い合わせは八千代町立図書館内の偲ぶ会実行委の張替さん (電話0296・48・4646) まで。寄付についての問い合わせは上野会長 (電話0296・48・0580) まで。 |
| ●漁協代表など4人が発表 |
| 霞ケ浦沿岸のごみ問題でシンポ−土浦 |
| 霞ケ浦沿岸の漂着ごみ問題がクローズアップされている中、
「ごみ問題を考える」 シンポジウムが十七日、
土浦市沖宿町の県霞ケ浦環境科学センターで開かれ、
「ごみ問題の解決に向けて―今、 私たちにできること」
をテーマにしたパネルディスカッションなどが行われた。
環境団体や消費者団体などの関係者約七十人が参加、
投棄ごみの現状やスーパーレジ袋の扱いなどをめぐって熱心な討論が続けられた。
パネル討論では、 きたうら広域漁協組合長の方波見和夫氏、 小美玉市の環境美化グループ 「美霞 (びか) エイト」 代表の菊地和夫氏、 食品スーパー 「カスミ」 環境・社会貢献部グループリーダーの野口隆宏氏、 筑波大大学院人間総合科学総合科助手の升秀夫氏の四人が、 取り組みの現状、 今後の課題などについて発表した。 方波見氏は、 三年前に県の補助金が切れた後も続けている年二回の清掃活動で、 毎回二d車二台分のごみを回収。 「農業用ビニールが目立つ。 釣り客のごみはチラシや看板で持ち帰りを呼びかけた結果、 減少した。 きめ細かなPRが大事だ」 と呼びかけた。 菊地氏は湖水浴場があった桃浦 (現小美玉市) で育った。 ライフワークとしてごみ回収を始めた九年前は、 タオルで顔を隠して作業をしたと振り返った。 植樹で百本に増えたソメイヨシノを育て上げ、 後背地と一体のイベントを実現したいと夢を語った。 野口氏は、 レジ袋対策を始めた一九七四年以降の取り組みを紹介した上で、 マイバッグを持参するなどしてレジ袋を辞退した客の割合は14% (昨年) と実態を報告。 今後は廃棄物発生量の抑制を重視したいと付け加えた。 升氏は、 NPO水辺基盤協会の一員として実践している 「防塵挺身隊」 による、 生々しい湖岸ごみ回収作業の様子を五分間の動画で紹介。 転換に十数年を要した出身地京都の明治維新期を挙げて、 やがて登場する新エネルギーシステムへの期待を語った。 パネル討論に先立って、 今年一月に内閣府原子力委員会の常勤委員に就任した松田美夜子氏 (元富士常葉大教授)が「地域の連携で環境保全をすすめる―それぞれの役割・それぞれの未来」 と題して基調講演。 風力、 太陽熱、 バイオマスなど自然エネルギーを総合化して、 オランダやスエーデン、 ドイツで進められている環境都市づくりを紹介した。 シンポジウムは、 霞ケ浦水質保全ネットワーク交流事業の一つ。 同センターは、 休憩時に提供する飲み物用に 「マイカップ」 を持参するようチラシなどで参加者に呼びかけた。 質疑の中で評価する声があった。 |
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