こちらのニュースはダイジェスト版です。詳しくは本紙をご覧下さい。
2008年1月30日
●コメ生産調整目標達成へ、合意書
生産過剰で価格下落、農業団体が締結
2007年産米が生産過剰で価格が下落したことから、08年以降は確実に生産調整をして価格を維持しようと、29日、水戸市内のホテルで、生産調整目標達成のための合意書締結式が開かれた。県JA中央会、県農業会議、県、関東農政局など県内の農業者団体、集荷団体計12団体が一堂に介して、合意書を締結した。       

コメの生産調整は、03年まで減反政策が実施され、作付けせずに減反する面積を国が割り当てていた。04年からは生産する数量を割り当てる生産調整に移行。07年からは第2段階として、行政が生産調整の数量を提供し、農業者や農業団体が主体的に需給調整を実施する方向に大きくかじを切った。

しかしその結果07年産米の作柄は平年並みだったにもかかわらず、国があらかじめ示した生産量に対して、全国で21万dが生産過剰になり米価が大幅に下落。

県内では36万860dの数量に対し、3万d多い39万7300dを生産。価格は前年と比べて1割程度下落した。

こうした状況を受けて08年からは再び農政の方向を転換。いったん切ったかじを、また元に戻すことになる。

生産調整を徹底するための方法として国は、従来から実施していた「産地づくり交付金」に加えて、総額500億円の「緊急一時金」を用意。10e当たり3〜5万円を助成して各農家が生産調整に取り組むよう促す。

一方、国から示されている08年の県全体の生産量は35万5630dで、07年より4万1600dほど少なくなる。

29日締結された合意書は、生産調整の目標達成を着実なものにしようという試み。関東ではすでに埼玉、栃木、群馬の3県が締結しているが、生産者組織が加わったのは茨城県が初めてという。

今後は県内44市町村のうち、特に生産が過剰だった30市町村を中心に、市町村の関係団体による合意書の締結に取り組む。

●阪神大震災級でも柱は折れず
つくばの防災研で木造住宅の耐震実験
つくば市天王台の防災科学技術研究所で29日、日本の伝統的木造住宅の耐震実験があった。

1950年の建築基準法施行前に建築された木造住宅は、古民家の移築や改修など現在でも根強い需要がある。実験は移築や改修の際、十分な耐震性能があるかどうかを確認し、耐震設計法の検討に役立てるのが狙いだ。

試験体は上部に土塗りの垂れ壁を持ち、長さ約5・5b、高さ約3・3bで、両側面と中央に15a角のスギ柱を使った。柱脚には柱相互をつなぐ足固めと呼ばれる部材を入れた。

試験体を振動台に乗せ、最初は震度6強の人工地震波で2分間加震した。この結果、振動前に比べ、試験体の頂部で94_、かもい部分で78・5_の水平方向への傾きがあった。柱を接合するほぞの部分で多少の割れや垂れ壁の周囲で割れがあったものの、柱は折れなかった。

次に1995年に起きた阪神大震災と同じ直下型で震度6強の地震波を使い、40秒間加震。振動後に調べたところ、頂部で153_、かもい部分で120_の傾きがあった。垂れ壁の周囲に大きな割れがあり、柱の接合部分で損傷が見られたが、柱は折れなかった。

防災研と共同で実験を実施した建築研究所の河合直人研究員は「建築基準法施行前の木造住宅でも、正しく設計されていれば大地震にも耐えられることが実証できた」と評価した。

●霞ケ浦導水事業に反対意見相次ぐ
那珂川側、まず水戸で住民説明会始まる
霞ケ浦導水事業の那珂川取水口工事が3月着工するのを前に、国土交通省霞ケ浦導水工事事務所と県主催の事業説明会が28日夜、水戸市中央の同市民会館を皮切りに始まった。水戸会場には約50人が参加、「霞ケ浦の水を持ってくるのは大変心配」「水余りをどう認識しているのか」など反対意見が相次いだ。

説明会では同工事事務所が、事業内容や今後の進め方について「取水口で吸い込む速さは毎秒30a。本流の流速より遅いので魚が下流と間違えて入ってしまうことはない」「9月から翌年3月までの非かんがい期は流量が毎秒31d以下のときは取水しないし、5月から8月のかんがい期は40d以下のときは取水しない」と説明。「施設があること自体は皆さんに迷惑をかけるものではない。どうやって使うかは皆さんの意見を聞きながら使っていきたい」などと強調した。

一方、参加者からは「毎秒15dもの水を取水すると、川の流れが変わってくるのではないか」「那珂川のアユの2、3割が冷水病にかかっているという報告があるし、霞ケ浦はコイヘルペスウイルスがある」「以前、土浦で浄水器を取り付けてやっと生活していた。あの霞ケ浦の水が水戸市の水道水に入るかもしれないと思うと黙っていられない。一度自然を壊したらしっぺ返しが必ず出る。目先の利益のために自然を壊さないでほしい」など工事の強行を懸念する声が次々に出された。

これに対し工事事務所は「那珂川は生態系が豊かな川。河口堰などはつくれない。水がめにするにはこうした(導水事業の)考え方が最適」「霞ケ浦の水が入るのは、那珂川の水が少なくなって取水を止めなくてはいけなくなるようなときだけ。断水するのがいいのか、少し汚れた水でも入るのがいいのか考えてほしい」「取水口をつくることではなく動かすことを懸念していると思う。懸念があるからこそ実際につくって、科学的に確認していただきたい。確認するまでは本格運用しないと宣言している」と答えていた。

説明会は2月15日まで、那珂川の水を水道用水として取水している8市町村の8会場で開かれる。

●谷津田再生で仕上げの作業
牛久市立神谷小の6年生があぜ道補修などに取り組む
谷津田の再生に取り組んできた牛久市神谷の神谷小(染谷郁夫校長)の6年生児童133人は29日、学校に隣接する谷津田で、仕上げの作業を行った。

霞ケ浦水源地の水質保全や流域の健全な生態系維持のため、これまでの活動を支援してきたNPO法人アサザ基金(飯島博代表理事)や地域住民も参加。

4クラスを前後半2組に分け、@あぜ道の補修Aあぜ道に掛ける橋の取り付けB池に設置する観察用デッキの組み立て―を実施。児童らは小雨が降る中、地域住民とともに、息を弾ませながら作業に励んだ。

あぜ道や橋は、土をならしたり、段差をなくしたりするなど、車いすでも通れるように工夫されていた。

山口真緒さん(12)は「(谷津田を再生して)生き物が住みやすくなった。中学生になっても続けていきたい。いろいろな生き物がここなら大丈夫と思えるようにしてもらいたい」と要望。

作業に参加した牛久市女化町の為貝幸男さん(66)は「子どものころを思い出した。自然との共生は難しいが、憩いの場として残していきたい」と話した。

作業後は、これまでの活動を振り返り、谷津田の管理維持などについて今後の具体的な取り組みを話し合った。

●「日立村物語」パネル展開幕
シビックセンターで、工都の歴史や人物紹介
工業都市・日立市の歴史や先人の活躍を紹介する「日立村物語」パネル展が29日から、同市幸町の日立シビックセンターで開幕した。主催の「郷土ひたち・ネット」の掛札優代表は「皆で学び、皆で活かそうをテーマした。市民にもっと自分たちの暮すまちのことを知ってほしい」と話している。2月3日まで。

会場では、歴史や先人の偉業を▽日立村物語(日立村誕生から市域の変換、日立村及び周辺の資源)▽大煙突物語(煙害対策の要点)▽さくら物語(日立のさくら全般)▽共楽館(理想社会つくりと共楽館)―の4コーナーで紹介。日立村は明治22年に宮田村と滑川村が合併して誕生、39年に市制施行した。黄門様が日の出の秀麗なこと領内一と言ったことから名付けられたといわれている。

パネル展では、1905年の日立鉱山の創業から日立製作所の誕生(68年)による発展。煙害対策のための大煙突の建設や約330万本のオオシマサクラの植樹。日立鉱山創業者の久原房之助の「一山一家」「共存共栄」の思想の中から誕生した芝居小屋「共楽館」の開設などを紹介している。

久原氏が理想社会づくりを目指して創業した日立鉱山、その煙害に立ち向かった人たちの活躍、煙害対策技術を解説。東日本最大の総木造建築の共楽館の現在と過去のパネル写真や共楽館を使った各種イベント、NPO法人「共楽館を考える集い」の活動などを分かりやすく紹介している。

また、久原房之助物語の漫画本の販売や日立再発見パンフレットの配布も行っている。



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