埋 没 共産・田谷氏は伸び悩み



敗北を語る田谷氏。二大政党化の流れか、得票は期待を下回った=水戸市元吉田町の選挙事務所
2大政党、壁の厚さに沈む

◆落差
「私の時より、ずっと戦いやすかったし、選挙区は二万七千票増やせたが…」。開票から一夜明けた十二日、水戸市の共産党県委員会で、小松豊正選対委員長は、納得できない表情でそう語った。

小松選対委員長は三年前、党公認候補として出馬したが、小泉ブームで六万七千票に止まった。今回の田谷武夫氏は、九万四千八百三十七票を得た。目標は「十五万票」。届かなかったが、善戦とは言えよう。

しかし、田谷氏も関戸秀子委員長、関係者らの顔色は一様に冴えない。というのも、選挙戦の中盤以降、田谷氏や陣営関係者は、手応えを感じており、実際に得た票との間に、大きな落差があったからだ。

「選挙戦の間、党員も、(党機関紙)『赤旗』も伸び続けた。こんなことは最近にない。党勢拡大の中の選挙戦だったが…。やはり、民主党に反自民票を食われたのだろう」。小松選対委員長は、悔しそうにつぶやいた。

◆期待消滅
共産党県委員会は当初、淡い期待と夢を抱いていた。昨年四月の参院補選で、小島修書記長が十七万票を獲得した。同党としては、県内選挙史上での最多得票。そればかりではなかった。

「乱立なら、当選ラインは二十万票ちょっと。かつて、(共産)党の得票は五万前後だった。初めて、議席に接近できるかも…」。ある県委幹部は感慨にふけった。「食われかねない」。民主党県連でもそんな声が上がった。

だが、自民が複数候補を擁立し、野党も民主と共産以外に、多数の有力候補が立ち、票が分散することが前提条件。昨秋、自由が民主に吸収され、自民が二人目を断念して、二大政党指定席の無風区となった。

このため、実際の得票目標を、十五万票に切り替え、選挙区の当選より、比例区候補を前面に押し出す選挙戦に。「二大政党論で、『死に票』を嫌う有権者が、郡司さんに集中したのでは…」。そんな嘆きが聞こえる。

◆組織弱体化?
「共産党の得票構造は昔と全く変わった。固い組織選挙から、風頼みの政党になったようだ」。ある選挙通はそうつぶやく。二大政党分立状況が、与党への逆風を民主へ集中する状況に。苦難の時代を迎えたようだ。

同党のピークは、六年前の参院選だった。社会党が、細川内閣参画以来、段階的に安保・自衛隊、国旗国歌など政策路線を転換。続く党の三分裂、社民党への名称変更で、革新・反体制票の受け皿になったためだ。

その後数年間、票は定着するかに見えたものの、三年前の純ちゃんブームで、批判票・無党派層が自民へ向かい、昨年秋の民由合流を経て、今回は民主へ濁流のように流れ込む。

民主は自由併合で、自民と政策の違いが希薄に。戦いやすい状況ながら、二大政党の流れがこれを阻む。「組織が弱体化した。地域まかせになっている」との指摘も。組織再生は、各党に共通する課題のようだ。

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