進める喫煙防止教育
生徒自ら「守る」意識醸成

土浦市役所の正面入口近くに、たばこの自動販売機が設置されている
「これから市内の禁煙活動を推進するはずの議員の方々が、どれくらいたばこに対する危機意識があるかを知ることが、すべてのスタートだと思った」

土浦市を拠点に分煙、禁煙社会の実現を目指し、地道な活動を続ける市民団体がある。「いばらき・分煙社会をめざす会」だ。代表の殿岡哲雄さんは、強い決意でそう語る。

■請願書■
殿岡さんらは二〇〇三年三月、土浦市議会に「学校等の公的施設での禁煙」を求める請願書を提出した。結果は不採択だったが、市行政レベルで禁煙に関する対応を求めたことは、たばこ問題をめぐる画期的な動きだった。

請願では、二〇〇二年十月の東京都千代田区の「歩きタバコ禁止条例」の成果や品川区、杉並区でも同じ趣旨の条例化が見込まれていることについて触れている。

県内学校の完全禁煙化への動きを踏まえ、昨年から一部のエリアを除き禁煙となった土浦市役所のあり方について、「一部喫煙可能のままでは、児童生徒の教育や病人の指導に説得力がない」としている。

その上で「小中学校などの公的エリアを禁煙とすること」「市役所などの公的施設内のタバコ自動販売機を撤去すること」の二点を請願した。

「たばこ自販機撤去の要望をくむのは困難だったとしても、市民の健康を守るべき市役所に健康被害の元凶が売られている現実を問題にしたかった」

「この現実を直視すれば、人としての倫理観で簡単に判断できるはずだ。できないのは何か社会的な力関係が作用しているとしか考えられない」

たばこがもたらす健康被害は各方面で証明されているのに、いまだ黙認される喫煙の現状…、殿岡さんらの行動はたばこ問題で動かしがたいと思われていた現実に、くさびを打ち込んだ。

■禁煙の決意■
実は、殿岡さん自身も三十代半ばまでは一日一箱程度を吸う、平均的な喫煙者だった。振り返ると、「習慣だった」「みんな吸っていたから」との答えしか見いだせない。当時は「なぜ吸うのか?」について動機や理由など考えなかった。

医者に診断されなくても、「体に悪い」事実は人並みに感じていた。車や家の壁が黄ばみで汚れ、生まれたばかりの我が子の様子や室内のヤニを取り除く妻の苦労などから、次第にたばこを疑問視しはじめた。

「他人に迷惑をかける行動をいつまで続けるのか」。そう自問し始めると禁煙の決意は早かった。長男が二歳を迎えたある朝、お決まりの朝食前の一服を「控えよう」と決意。朝食後には「昼食まで」、昼食後には「夕食まで」…。こうして十八年間に及ぶ、たばこの足かせを断ち切った。

以来、激しい禁断症状もなく二十年以上が経過する。「心からたばこの煙をけむい、と思える現在を手にしたのは幸運だった」と殿岡さん。

■会の結成へ■
本格的に禁煙、分煙活動への参加を考えた一九九七年、都内を中心に全国的な防煙、分煙化を訴えるNGO団体「分煙社会をめざす会」東京本部の会合に参加し、その意識に共鳴した。

県内での支部として、同年五月には同会を結成。会員は殿岡さんの友人や、東京本部で発行する「分煙有理」の県内読者、市内在住の会社員、教員、主婦ら、三十代から六十代までの二十人で構成されている。

結成直後に、県庁、土浦市、つくば市、日立市、石岡市、水戸市の各市長あてに「公共の場での分煙要望書」を提出。「官」から日本全体へ、分煙規制の波及を目指して本格的に活動をスタートさせた。

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