たばこの害訴え続ける「無煙世代を育てる会」の平間医師
パッチで禁煙促す

たばこがもたらす現実の過酷さを説く平間敬文医師
「愛煙家などいない。なぜ喫煙家といわないの?」「煙が好きな人間が本当にいると思うかい」

ボランティアの禁煙団体「無煙世代を育てる会」は週に一度、学校現場などに出向き子供たちに直接、たばこの害を訴え続ける。代表の平間敬文さんは、下妻市の医師(平間病院長)だ。

■体験者■
下妻市街から数キロ、関城町に近い平地林の一角に平間病院はある。平間さんは水戸赤十字病院を経て同院長に。地域に根ざしたミニ総合病院として、父親の代から四十年にわたり市民の健康を支えている。

たばことの出合いは大学時代。「なんとなく」「みんな吸っているから」が動機だった。ニコチン、タールともに十数ミリの「きつめ」の銘柄を、一日三十本以上吸い続けた。

平間さんは「一九七〇年代の国民喫煙率は七割以上だったはず。危機意識を得るための書籍や情報が何もなかった」と、当時を振り返る。禁煙したのは七三年のインターン時代。WHO(世界保健機構)の「喫煙と健康に関する勧告」が「警告」に変更された時期だった。

たばこによる人体への危険性が統計化され、世界に発信されたもので、この情報を耳にしたのが直接のきっかけだった。そのころ、平間さんの左手に原因不明の震えが続き、手術への影響を懸念したのも大きかった。

一時は研修医仲間との連日の酒がたたったかと思い、禁酒した。しかし、震えは少しも収まらない。それが、いざ禁煙に踏み切ると効果はてきめんだった。「ニコチンは筋肉の緊張を高める効果も持つ。これが震えの原因だった」。今では冷静に振り返る。

もっとも禁煙後の禁断症状には苦労した。たばこの副流煙が漂ってきた瞬間、過去の記憶がよみがえり、喫煙の欲求が爆発する「フラッシュバック」を何度か経験。道ばたのたばこの吸殻を集めるなどの奇行も目立った。

こうして平間さんは「たばこが薬物であり、脳の病気である」事実を身をもって痛感。これを機に、全国でも珍しく医師の立場から「出前の禁煙講話」に力を注いでいくことになる。

■禁煙パッチ■
平間病院が禁煙相談を設けたのは五年前。NRT(ニコチン置換療法)として、体に張り付ける縦横三センチほどの正方形のパッチ式禁煙補助薬が処方可能になってからだ。禁煙パッチは保険適用外で、一枚四百円ほど。

この治療により集中力不足、いらだちなどの禁断症状もなく禁煙に取り組めるようになった。現在は月、水、金曜の週三回の診療を実施。学生から六十代まで年間五十人がニコチンの呪縛からの離脱を目指している。

喫煙はニコチンを「肺吸収」するものだが、ニコチンパッチは皮膚から吸収し、脂肪組織を経て全身に広がっていく「経度吸収」による治療法だ。

肺吸収は一気に血中のニコチン濃度を上昇させる。この上昇度は覚せい剤の静脈注射と匹敵するものだが、一時間弱で濃度は急減する。しかし経度吸収は濃度は低いものの、一日ほぼ一枚で平均的なニコチン摂取が可能で、意志にかかわらず禁煙生活が可能となる仕組み。

禁煙パッチには「30」「20」「10」の三段階があり、喫煙の本数、年数、年齢で利用段階や枚数を調整する。興味本位で一日数本を喫煙する中高生は、「20」を毎日一枚、五日間使用すれば治療はほぼ終了する。

五十代で一日四十本のたばこを三十年間吸っていたなら、「30」を二枚張り、次第に「20」、「10」に落とす。人によっては、一カ月以上の使用が必要とされる場合もあるようだ。

その効果だが、成功、失敗ともに半々なのが現実。禁煙への主体性や意識の差などが原因という。平間さんは「ハードルの低さ、何度も試みることができる点が、過去の禁煙との大きな違い。多くの人に挑戦してほしい」と訴える。

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