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| たばこで現実は変わらない | |
禁煙後も漠とした不安
明らかな依存の構図だった。あっという間に本数は激増し、体調不良を招いた。喫煙一年ほどで二箱、三年後には三箱にまで増えていた。 ■変化■ 鏡に映る自分の顔が黄ばみだし、突発的に高熱が出たり、風邪が治りにくかったりした。体に異変を感じながらも、「たばこがすべての原因」という疑念は、黙殺し続けた。 注意力が鈍くなり、仕事でもミスが増え始めた。心の平静とは裏腹に、周囲からは「体調が悪いの?」「悩みでもあるのか?」の声が多くなった。客から「誰に舌打ちしてるんだ?」と注意を受けた。でも、身に覚えがない。そのため、言い合いになったこともあった。 同僚に聞くと、確かに舌打ちをしていたという。ニコチンという薬物の脅威が、Dさんの体を支配し始めた。先進国では、たばこはゲートウエイドラック(薬物の登竜門)とされる。 ■鬱■ 次第に「快」はなくなっていった。会話や動くことがたまらなくおっくうになり、内にこもるようになった。鬱(うつ)に近い感覚だった。 「今度は、鬱の気分を紛らわすために吸い続けた。たばこにすべての怒りを託した。どうにでもなれという感覚」。Dさんは、そう回顧する。 平間敬文さん(平間病院長)は鬱と喫煙の関係について、「たばこには抗鬱的作用もあるため、同じ状態の人でも禁煙が困難な現実もある」と話す。海外で処方される抗鬱剤「ザイバン」は、ニコチンと非常に近い興奮作用をもたらすという。 それでもDさんには、まだ自分を客観視する部分が残されていた。昨春、会社全体の人事異動で勤務先が変わり、他業種のゲームセンターに配属。仕事の内容だけでなく、喫煙についても大きな疑問を感じ始めた。 「ある日ふと思った。自分は生きるためにたばこを吸うのか、吸うために生きているのか、一体どっちなのか」と。そう考えながらも、左手の指先には火のついたたばこがはさまれていた。「怖くなった」と、Dさんは当時の心境を振り返る。 ■決意■ これを期に、ついに禁煙を決意。電話帳で禁煙相談を行う病院を探し当てた。たばこと自分の関係について、担当の女性医師に洗いざらい話した。医師は「吸ったとき、いいものを見つけたと思ったでしょ? 自分を許してくれるものを」と助言。 「すべてを見透かされている」。そう思う恥ずかしさと、理解を得たという安堵感が奇妙に交錯し、その場で涙に暮れたほどだった。 治療はニコチンパッチ。自分の置かれている危機意識のためか、苦労せず治療は進み、一カ月後には完全禁煙に成功。それから一年後の今も禁煙は続いている。 「ニコチンの依存性もあるが、基本的にみんなたばこで体調が悪くなるのは分かっているはず。やめないのは、そうすることでしか『自分をいさめられない』という悲しみが、だれの心にも根付くからではないか」 Dさんは今でも強く喫煙の欲求に襲われる時がある。しかし月日を重ねるごとに心は落ち着きを見せているという。 うつむいて静かに話しながらも、Dさんの手にはライターの開閉音が響く。そのしぐさは、たばこが仕掛けた足かせと、今も格闘しているかのようだ。 |
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