−木内野球の夏が終わって−
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 決勝戦を終えて持丸修一監督奄ノ今後の引き継ぎなどを話す木内幸男監督=7月26日、水戸市民球場


 【七月二十六日、県大会決勝終了。木内幸男監督は、県大会を終えて勇退を決めた理由や、高校野球の監督について切々と語った】
 ―大会初戦に「このチームは、おとなしいので心中したくない」と言っていましたが。
 木内うーん。よくここまで来てくれた、と。私も放りだしちゃおうかなあと思って、「もう来ない」と三回ぐらい宣言したと思うんですが…。翌日から自分が(チームを)つくらなかったら、だれもつくってくれねえっていうか、そういう意識になりましてね。
 うちに帰っても夜眠れなくて。たんか切っちゃったけど、「明日、これ教えよう」とね。ほんとね、苦労してつくったチームです。本当は、大会前や大会半ばにチームができてりゃ、ゴルフや魚釣りもやれたんですけど。今年は、そんなゆとりはまったくありませんでした。
 ―優勝を決めて、まだまだ監督はできるんじゃないんですか。
 木内 大会で、ここ(ベンチ)に座ってやるのはやれますよ。ボールも見えますから。でも、チームをつくる根気というもの、それが「ダメだから、いいからぶん投げとけ」という意識になったら、監督は辞めるべきだ、とそう思ってんですよ。昔のように打てば響くという子供たちが、なかなか受け持てなくなったんですよ。
 「お母ちゃん子」が非常に多くなりましてね。ちょっと弱々しくてという所があって、「戦士」につくり上げるっていう意欲が、ともすれば失いかけるんですよ。それがなかったら監督は辞めろと、そう自分で思ってますんで。
 ベンチに入って大会やるんだったら、まだまだ八十までやれます、はい。今まで経験させてもらった積み重ねがありますから。そうじゃなくって、監督は(チームを)つくるのが仕事、プロと違ってね。
 プロの監督は、さい配を振るうだけでいいんですけど。それなら今でも出来ます。ただ、(チームを)つくる努力、意欲、そういうものが少し衰えてきたので、もっとパワーのある人にやってほしいというような気持ちになったものですから。
 ―後任の持丸修一監督は(木内監督の)コーチという形で四、五年やってもいいと言っていますが。
 木内 とんでもございません。代わったらスポッと辞めるべきだと、そう思ってます。当人が、コーチで見たいなんてことは必要なくて、持丸さんも一流の監督なんだから、自分でチームづくりして、自分の野球をやればいいんで、継承とかはまったく考えてません。早く内閣は取り替えた方がいいと思ってます。
 ―最後の甲子園は楽しみにしてますか。
 木内 暑くてねぇ(笑)。試合はいいんですよ。あんな所ないですから。練習場はちゃんとあって、飲み物はあるし、アイシングしてくれて、体操もやらせてくれて、故障者がいれば治療してくれる。あんないい所はないですから。二時間以内にピタッと終わりますから、野球が。わたしみたいな、せっかちな者には非常に向く場所なんです。
試合は楽しみでしょうがないんですが、試合をやるまでが長くて暑くて(笑)。そこで冷房病みたいになっちゃうんですよ。ですからどうやって過ごそうか、と思っているんですけどね。
    ◇
 この直後、松林主将らナインが「監督、胴上げさせて下さい」と言った。木内監督は「いいよ」と断ると、松林主将は「甲子園でも(胴上げ)するんで」と説得。木内監督は選手にけがをさせないために、靴を脱いで一塁側ベンチ前で高々と胴上げされた。

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