![]() |
|
| タ イ 6 | |
「外国で教える経験必要」 |
|
ラチャパット大学は全国に四十一ある、もともとは教員養成が目的の国立の地方大学。アユタヤ校には人文、経営、理学、教育の各学部があり、人文学部の日本語学科が二〇〇一年にスタートした。 鶴町佳子さん=玉里村=は、同校八代目の日本語教師として一昨年七月に派遣された。二年間の予定が、来年三月まで約八カ月間延長された。 ■きっかけ■ 「日本語教育を職業にしたいと思っていたので、職業選択の一つとして協力隊を考えた。特に高等教育で教えたかった」という。 筑波大大学院で日本語教育を専攻。進路はいろいろ紹介されたが、「留学経験もなかったため、外国人として生活する経験、外国で日本語を教える経験が必要だと思った」。青年海外協力隊の中でも日本語教育は最も希望者が多い難関だ。 高校生のころ、外国人の不法残留や国外退去などのニュースに接し、「スキルを身につければ、助けてあげられる」と思ったことが日本語教育への関心の始まりらしい。 ■しごと■ 日本語科の学生は女子が多い。一学年三十人で、一期生が三年生。一年生と三年生に日本語会話を教える。 日本語科の授業は週百コマ。一コマ五十分の二コマ連続。同科教師たちの理想は高い。日本語専攻の学生は就職に直結するという面もある。 「学生に合った、しかも中級以上の指導でそれなりに力を付けられる授業」を行うため、一コマ五十分の授業の準備に四、五倍の時間が要る、という。 大学一年生のときに仲間二人と学生サークル津軽三味線倶楽部無絃塾を創設。年間五十公演をこなしてきたバイタリティがある。「人前に出たり、話す経験は役に立っている」。宝物という三味線はタイに持ってきており、何回か演奏も披露している。 ■これから■ 「二年間やって、どれくらいやれば、学生がどの程度受け止めるかが、ようやく分かってきた」と話す。 市販の教科書がないだけに、「今本気で、これからも残していける教科書を作りたい」と取り組んでいる。 ずっと日本語教師をしていきたいというのが希望。来年三月には帰国することになるが、その先はまだ考えていない。タイの仕事が忙しすぎたので、少し休もうと思う。若いうちにもう一度海外に出てみたい気持ちもある。 「専門家は無理なので、少し考えているのは国際交流基金の青年日本語教師。行きたい国は、中国がいいかなと思うけど、まだ考えてない」 【メモ】ボランティア調整員:JICA現地事務所のスタッフとして、協力隊員やシニアボランティアの要請開拓、後方支援活動、安全管理、連絡調整などを担当。状況を的確に把握し、適切にアドバイスできる資質や経験が求められる。募集は毎年二回、三十―三十五人程度が募集される。年齢は派遣年度末で三十歳以上六十四歳以下。最低六カ月の海外経験があることなどが条件で、青年海外協力隊の経験者も多い。タイ事務所では大子町出身の笠井久美子さんがシニア担当として活躍している。 |
|
|
|