ラ オ ス 1
国立マホソット病院/シニアボランティア
小原沢栄子さん(70)
看護の質向上に尽力
協力隊員の要望で配置




ラオスの看護向上に取り組む小原沢栄子さん=ビエンチャンのマホソット病院
 バンコクのドンムアン空港からラオスの首都ビエンチャンのワッタイ国際空港までは、空路わずか一時間足らず。距離はタイ国内線バンコク―チェンマイ間よりも近い。
 中心部から約四キロ郊外にある同空港は日本の無償資金協力で一九九九年六月にできた。ビエンチャンはラオス最大の都市だが、中心部は二キロ四方ほどで、六十万都市の実感はない。メコン川に面して造られており、対岸はタイになる。
 ビエンチャンの中心部、メコン川河畔の一角にある国立マホソット病院はフランス統治時代の一九一〇年に建設された。同病院に昨年四月から、看護管理のために派遣されているのが、シニアボランティアの小原沢栄子さん=結城市=だ。

 ■きっかけ■
 聖路加国際病院などで知られる日本聖公会所属のクリスチャン。
 六三年から三年間、当時の東パキスタン(バングラデシュ)の英国系産院で助産技術を指導したのを皮切りに、八六年から九二年はミッション系病院の看護学校で教育アドバイザーを務めた。
 九九年から二〇〇一年まではJICAの母子保健プロジェクトに参画するなど、通算で十一年間、バングラデシュに滞在した。
 これまでは看護師や助産師の養成が中心。日本では獨協医科大付属の看護専門学校や大阪の助産師養成学校で教務主任として働いた。
 シニアボランティアは六十九歳の年齢制限があるため、ぎりぎりの挑戦だった。面接では「最後のチャンスなので」と答えた。

 ■しごと■
 同病院には九三年から青年海外協力隊員が看護師や臨床検査技師、放射線技師が派遣されている。現在も四人の隊員が働く。
 「隊員の足跡を絶やさず、継続的に次の隊員に受け継がれるよう、病院の責任者に必要な助言をする」という歴代隊員の要望を受けて着任した。
 「看護は家族がやるもの」といった一般の意識も根強く、看護師の役割が十分に認識されているとはいえない。また、ローテーションを組んだ看護師の異動は勉強の上でも必要だが、一カ所に長くいる傾向が強い。
 日本とは「病院の概念が違う」という。栄養士はおらず、治療食という考え方はない。
 納得しなければ受け入れてもらえないため、粘り強い説明も必要だ。

 ■これから■
 同病院は地方の医療・看護スタッフの研修を受け入れるなど、中核的な存在。レベルアップは地方への波及効果も期待される。
 今年三月、協力隊員が派遣されている地方の病院責任者ら百人が参加し、看護サービス向上のためのワークショップを開いた。全国規模では初めてで、十月には第二回を開く予定になっている。
 任期も残すところ半年。「もう少し、システマティックに、有機的にやる必要がある。ぜひ管理マニュアルが必要。作成して終わりたい」と話す。
 ファイルを作成して人事管理を行うこと、教育のプログラム、会議録を残すなど会議の基準、勤務時間や制服、事故があった場合の危機管理―などが盛り込まれる予定で、活動の集大成になる。

 【メモ】ラオス:面積は二十四万平方キロと日本の本州とほぼ同じ。人口は約五百四十万人。一三五三年にランサーン王国として統一され、一八九九年にフランスのインドシナ連邦に編入される。第二次世界大戦後に独立し、内戦が繰り返されたが、一九七五年に人民革命党を指導党とするラオス人民民主共和国が設立した。二〇〇一年のGDP(国内総生産)は十八億一千三百万ドル、一人当たりGDPは三百二十九ドル。日本人は約四百人が在留している。


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