世代交代の軌跡 土浦市長選を振り返って(下)

タレントの叶和貴子さんを招いて開いた小野治氏の決起大会=10月21日、土浦市大岩田の霞ケ浦文化体育館
新人同士の一騎打ちだったとはいえ、今回の市長選では、助川弘之市政の四期十六年間の評価も市民の判断材料に加わった、みられる。市政が沈滞ムードにあるとの意識が市民の間に広がっているのは否定できない。

保守系の三つどもえ戦となった前回の選挙でも、助川市長の約一万九千票に対し、二位、三位票を合わせると、変化を望んだ票は約三万票あった。

小野治氏は助川市政を「失政」と厳しく批判。中川清氏は助川市長からの後継指名を受けて出馬した。結果として、助川市政に対する批判票は小野氏に向かったことになる。落選したとはいえ、小野氏は四年前よりも一万票近く上乗せして善戦した。

「市議七期で正副議長も経験して知名度がある。前回、三千票差で惜敗しており、雪辱を期して四年間準備してきたと思う。それなりの票は出るだろうと思った。二万五千票の反対票は謙虚に受け止め、小野氏が掲げた公約も、いいところは取り入れていきたい」

予想された範囲内なのか、中川氏は批判票に対しても余裕を感じさせた。

中川氏は、小野陣営が「大きな山のような岩」と例えたように、農協を除くほとんどの主要団体の推薦を得て、盤石の体制で臨み、約二カ月の短期決戦を勝ち抜いた。
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助川市長の出馬要請があり、後援会もほぼそのまま引き継いだ形の中川陣営だが、「助川市政の後継者」とされることは拒否した。打ち出したスローガンの「新しい土浦」には苦心の跡がある。「刷新」という願いも込めつつ、土浦の長所は評価して継承していこうというスタンスだ。

そして、キーワードとしたのが「世代交代」。助川市政の支持者だった一部の高齢者層からの反発はあったが、七十代の助川市長でも六十代の小野氏でもない、「戦後世代の出番」というメッセージを強くアピールした。

今回の市長選で目立った政策論争は、中川氏の「つくばエクスプレスの土浦延伸」対小野氏の「鉄道博物館」だが、実際、市民は両政策とも、その実現可能性を冷やかに受け止めていたようだ。高層マンション建設やテーマパーク建設など、小野氏の公約はややバブル経済型とはいえ、政策自体は共通するものも多かった。
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大きな違いだったのは、土浦市の現状に対するとらえ方だろう。

小野氏は「土浦駅前の惨状は目を覆うばかり」と土浦市経済の停滞状況の再生を訴えた。徹底してネガティブな面を強調する戦略だ。

これに対し中川氏はむしろ、土浦のいいところを強調した。東洋経済新報社の「住みよさランキング」で全国六百七十八市のうち五十六位にランクされ、県内ではトップであることを挙げ、「日本一住みよい都市にしたい」とした。

変えたい思いはあっても、「駄目、駄目とばかり言っていては本当に駄目になる。もっと自信を持とうよ」というポジティブな視点が受け入れられたのかもしれない。

「商都土浦」としての再生よりも、安全で住みよいなど、商業も含め多くの機能が調和のとれたまちづくりを目指す。

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