株式会社ダーウィン 代表取締役・倉持哲二さん

イヌでスタートしてブタで受注

イヌで始まり、ブタで花開いた倉持さん
チャールズ・ダーウィンが1831年、イギリスのプリマスを出港し、ガルパゴス諸島に向かった時、ビーグル号の舳先(へさき)にはビーグル犬の勇壮なオブジェが取り付けられていた。約二世紀が経過しようとする今、天才生物学者の名を冠した株式会社ダーウィンが科学都市つくばの中心に設立され、イヌの血統証のDNA鑑定を業務とするという。

社長の倉持哲二(1952年生)は、しかし、バイオの研究者というわけではない。地元土浦出身の常陽銀行のOBで、どうして?

「見渡す限りの青い麦畑が、勤務していた支店の周辺に広がっているんですよ。銀行業務に忙殺されていると、あっという間にその穂先が黄色に染まり、収穫が始まるんです。このまま一生終わってはいけない、という漠然とした、しかし強烈な焦りを感じました」

二十代も終わろうとするころ、典型的な茨城のエリートコースのエレベータから降りる決意をした倉持に、何か次の当てがあった訳ではない。「会社から給料をもらっている間は、退職後に備えて活動をすることが、やはり失礼な気がして…」

失業保険で食べながらまず何をやったか。「リセットボタンを押して、約九カ月間ロングバケーションを取りました。そして、まず、自分の時間と経済を支配したいと考えました。結局、流通は系列で動いています。その流通システムを究めたともいえるコンビニが茨城に上陸したころ、あるチェーンのフランチャイジーとしてつくばにコンビ二の1号店を開店しました。アイディアを駆使した店づくりで、全国から視察者が来るほどの大成功を納めました」

どうしてそのもうかっている店を1年で止めて売ってしまったのか?「このビジネスモデルは、結局、社員は時間給で動くシステムで、20年後は持たないと考えました」

次の時代は、ハイテクに付属した仕事を探そうと考えた。オンリーワンは目指すべきではない。聞き役に徹して、つくばの専門家たちの意見を調整し、ビジネスを組み立てる。きっかけになったのは、元家畜衛生試験場の犬博士・富沢勝を中心に、犬好きの専門家が集まった『DOGゲノム小委員会』で生まれた、さまざまのアイディア。イヌの血統証をDNAの解析で決定し、純血種の保護や遺伝病の防止を目指して、ダーウィンが誕生したのだ。

『DNAによる犬の血統証』は、確かに話題性があり、たびたびマスコミにも取り上げられた。しかし、センセーショナルなデビューにも関わらず具体的な売上にはつながらなかった。苦悶の日々を送る倉持への最初の注文は、意外なところからもたらされた。

イヌを中心に想定して申請していた『ICチップを利用した遺伝情報の管理』のビジネスモデル特許を活用した、ブタのトレサビリティー(飼育履歴管理)だ。RIFD付き耳標という装置を開発しブタの耳に装着する。その際、肉片の対応サンプルを自動的に採取、保存できるシステムが受けた。BSE(牛海綿状脳症)騒動からがぜん注目を浴びた「食の安全」が家畜のトレサビリティーという形で花開いた。骨太い地元アグリベンチャー誕生の瞬間である。

イヌでスタートしてブタで受注。正に経営の妙である。見切り千両などの経営訓は、銀行時代に知り合った多くの経営者が、何かの時に、今でもアドバイスしてくれるものだ。経営者たちとの人脈は、父を早く亡くした倉持の宝だ。

『イクチオステガの勇気を忘れるな』。最初に陸に上がった両生類の決断と勇気という倉持らしい座右の銘だ。二匹のイヌを飼う倉持の幸福論は、『死ぬのが恐いから飼わないなんて言わないでほしい』。イヌは人間に遊んでもらいたがっていると。(敬称略)
(花山亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】本社・つくば市千現2の1の6、つくば研究支援センターA29。設立・2003年11月11日。資本金・1000万円。DNA解析によるイヌの血統証明。http://www.darwin-co.com/

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