インテグラル 代表取締役・柳澤泰男さん

中越地震直後の川口町が語ること

「地震時の耐震性向上で社会貢献したい」と、新たな挑戦に意欲を燃やす柳澤さん
ツクバライフを極めるための超人気サイト『つくばピアッツァ』を、本業のかたわら運営する株式会社インテグラル社長の柳澤泰男(一九五五年生れ)は、「営業妨害だと警察沙汰になったり、売上に繋がらないのに管理ばかりが大変です」と、悠然と語る。 土浦一高卒業の年は、筑波大開学一年前だった。そこで千葉大工学部の建築学科に入学。大学卒業の年、オイルショックの最中で、定番と言われたゼネコンの求人はなく、住宅部門を立ち上げたばかりの住友林業に就職。 住友グループが、中核企業の若手三十人を擁して筑波万博に参画。中堅となっていた柳澤は、地元土浦出身ということで、住友林業から派遣され、六カ月間、住友館の副館長を勤めた。日本を代表する大手企業が出展していて、その時、知り合った各パビリオンの仲間が、柳澤の人生観を変えた。「他から来た人が活躍していて、地元出身者がもっと頑張らなきゃいけないと思った」と当時を振り返る。「つくばは、ますます良い街になって行くだろうから、この街で、何かやってみたいと、その時、独立を決意しました」。

万博終了から一年後、まず、神田川沿いの高田馬場で創業。「万博の後で気が大きくなっていたのか、自信だけはあったんですね」。パソコン上で動く建築設計用に開発したソフトが当たった。住宅会社のフランチャイジー用のソフトで、当時一本七十万円。

建築現場は、大工さんに任されていてコンピュータ化が遅れていた。特に木造建築では、プレハブと違って基準化さえ出来ていなかった。「工法的にも金物を使って部材数を減らしたいのだが釘さえ使わない方がよいという価値観が残っていて、現場が合理化を受け入れていなかった。だからチャンスがあった」。今では、建築基準法でもそうなっているのだが。

事業が軌道に乗ってきたころ、『つくば研究支援センター』ができるという記事を見つけてすぐ申し込んだ。「公園の隣という点が気に入って、即入居した。当時、深夜まで、やっていたのは、ウチだけで守衛さんが心配して声をかけてくれたり…」。都内から持ってきた仕事をこなしていたが、つくばの静寂は、開発環境としてまさに最高だった。

土地バブル崩壊で建築ブームが去り、仕事が減った。そんな時、シリコンバレーを訪ねて、タウンサイトが流行っていると聴いて、ネットスケープやヤフーを視察。シリンコバレーでは、平屋のログハウスなどでベンチャーをやっているのを観て、現在のログハウスを赤塚公園沿いに建てた。その新社屋で、インターネット時代を先取りして、一九九六年には、『つくばピアッツァ』を始めた。もちろん、楽天も、ライブドアも無かった時代だ。

現在の主力商品である『ホームズ君』シリーズの耐震診断・耐震設計ソフトは、二千五百本販売済みのロングセラーになった。改修が必要な家屋が日本全国に千四百万戸ある。一九八一年の建築基準法強化以前の基準で出来た木造建物は耐震補強事業が必要。昨年、防災協会の教科書が大改訂で変わったので、それに合わせて複雑化した内容を盛り込んだソフト開発を完成させた。

「CGでその家の倒れ方が見せられるというのは、画期的なんです。新潟中越地震直後、二度に渡って川口町に入って、教科書の改訂版の理論が、現場で生きているか検証したところ、非常に役立つことが実証された」

さらに、外観の写真をデジカメで撮って、それを専門家に見せれば、大まかに分かるという診断ソフトの開発を目指している。

「きれいごとになるかもしれないが、人間この歳になると、何か人のために貢献したい。お金を儲けて寄付するという事もできないので、ぼくは、地震時の耐震性向上で社会貢献したい。川口町で被災者の表情を見ると、やはり何とかしてあげたくなる」

自分の残りの人生を、これに賭けたい。今年は、筑波万博から二十年目。柳澤の新たな挑戦が始まる。(花山亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】本社・つくば市東2の31の18。1986年10月1日創業。資本金・1200万円。ビジネスとITの戦略的融合を実現する先進的なソリューションの提供。http://www.integral.jp 『つくばピアッツァ』http://www.tsukuba.com/

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