林技術士事務所 代表取締役・林洋さん

「追い出され運」のいい男

面白半分で買った森が研究学園駅前の「つくば知恵の市場」用地に大化けしたと語る林さん
つくば万博の年、一九八五年に、財団法人日本自動車研究所JARIを飛び出して交通事故鑑定人になり、二十年、昨年末までに、八百四十件の鑑定をこなしたという、この道の第一人者。有限会社林技術士事務所代表取締役・林洋(一九三一年生まれ)は、工学鑑定を中心にして、三十冊を超える著作がある。最近では、韓国語や中国語にまで翻訳されている。

この男には、もうひとつの顔がある。TX『研究学園駅』南口に『つくば知恵の市場』を立ち上げようとしているのである。TXの一等地に、五百八十坪の土地を持つというような研究者上がりの新住民は、林だけであろう。ここに、二階建てのビルを建てて、一階は、一般のテナントに貸し、二階に自分の事務室と『つくば知恵の市場』のフロアを設ける計画。これは、「技術シーズの実物や模型を展示し、ビデオやDVDのディスプレイで解説し、また、ホームページでも、バーチャルに広報するのだ」と言う。「商品、資本、労働力、土地、工業材料には、マーケットがあるのに、付加価値を最も高める生産要素…技術知識にマーケットがないのは、おかしい。経済学の常識に挑戦するための実験だと」も主張する。

自動車研究所の一研究者であった林が、どうして、今、こういう変身を遂げたのであろうか。彼は、いわば、焼け跡派世代。「親が失業同然の状態だったから、全寮制で食住の心配がない東京商船大学を選んだ」。当然の成り行きで日本郵船に就職。商船機関士という、エンジンの見張りを延々と続けるウォッチ稼業には、直ぐに飽きて二年で船会社を飛び出す。高校教師三年半、航空自衛隊一年と転職を繰り返す。

そんな時、日野自動車工業に実験部門が新設されたとの求人広告を見て入社。すでに、三十歳。ここで、初めて、天職に出会う。エンジンの実験屋である。「俺は、問題を発見して、これを解く。そういうことが無償に好きな人間だったんだな」と納得。

やがて、毎年のように論文発表をするようになる。五年後には、エンジン分野の有名人になっていた。それだけではなく、林田洋一のペンネームでカーライターとして、アルバイト原稿を書きまくった。一時は、月給より原稿料収入の方が多いということもあった。しかし、組織からはみ出す特性は変わらずで、ここも次第に、居心地が悪くなる。

しかし、林は、どこか追い出され運がいいというか、不思議な運勢のようなものがあるらしい。東大生産研の平尾研究室の助手だった徐の紹介で、「つくばにできたばかりの自動車研究所に拾われ就職する」ことになる。捨てる神あれば拾う神ありなのだ。

研究所という「問題発見、問題解決型」が本業のところだから、さすがわがままな林でも、十五年も持ちこたえた。ここでは、排気ガスの大気汚染問題や交通事故など、自動車の社会的問題の研究に熱中した。しかし、やがて、桜村村議に新住民候補として当選するなどの、はみ出し行動を次々に展開して、次第に追い出され体勢となる。

昼はパチンコ、夜はカラオケ通いの、偽むち打ち症の入院患者の不正請求で、日本の自動車損害保険料は高騰していた。自動車研究所時代の研究成果を基に、保険会社から『自動車事故の工学鑑定』を受注し、中心的に行った『むち打ち症の鑑定』で我が国のドライバーの損害保険料を平均10%値下げさせる事に成功した。

この間の林の年収は、一時、一億を越えた。ある時、「知り合いの不動産屋が、JARIに隣接する八段歩の山林を買わないか」と言って来た。「それは面白い。林は、一体何考えてるんだと、JARIの理事達が不安がるんじゃないか」と、面白半分で、この森を買うことにした。それが、今回の『研究学園』駅前の『つくば知恵の市場』用地に大化けした。

つまり、林は、「追い出されたJARIに隣接する場所に、世界初の技術シーズの実験市場を開くという計画なのだと」いう。本当に追い出され運のいい男である。(花山亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】つくば市二の宮1-4-2。電話029-851-1607。資本金300万円。交通事故の工学鑑定。工学鑑定全般のコーディネーション。http://www.intio.or.jp/hayashix
つくば知恵の市場http://www.intio.or.jp/hayashix/tsm/

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