リード總合コンサルタンツ 代表取締役・田中斤也さん

「モーレツ」から「スローワーク」へ

「個々人が、独立請負人となり、個人事業主になる」、スローワークの世界を見据える田中さん
村上ファンドの村上世彰と会ったのは、昨秋、この連載開始に当たってのことだった。村上と旧通産省同期入省の滝本徹(前県商工労働部長、現内閣府沖縄担当参事官、NPOつむぎつくば理事)と一緒に、小一時間懇談した。「つくば発ベンチャーのみなさんに、よくお伝えして戴きたい。IPO(株式公開)は、スタート台に立ったに過ぎないということを…。そこからが勝負だ」と、時の人と成った今と全く変わらぬ件の口調で村上は力説した。

先月末締め切られた『第一回つくばベンチャー大賞』では、応募企業は三十七社に上った。十一月八日の最終選考委員会での決定を待つばかりだ。また、来年に掛けて次々と、つくば発ベンチャーの株式公開が計画されている。そして、つくばのベンチャーシーンが、村上が言うように、やっとスタート台に立とうとしている。

企業が急成長するには、ヒト・モノ・カネが、必須である。モノにあたる研究シーズ(種)が豊富なつくばに、株式市場から調達された民間の自由なカネが、大量に流れ込んで来る。最後に必要なのが、最も調達困難なヒトである。

今日の主役、株式会社リード總合コンサルタンツ代表取締役の田中斤也(一九五六年生まれ)に、そのヒトの問題を解決するための究極の適材適所論を聴いた。そもそも、地元伊奈町出身の田中は、江副浩正率いるリクルートに就職。就職情報誌『リクルートブック』に続き『住宅情報』を担当していた。破竹の勢いで日本を席巻していたリクルート社内で、ダントツの営業成績を残していた田中に、ある日、突然病魔が襲った。

日々熾烈な取引を繰り広げる不動産業界を相手に、銀座本社から出撃する日々は、三十直前の田中の体を徐々に蝕んでいったのだ。数カ月を病院で過ごした田中が、戻った場所は、銀座ではなく、つくばだった。筑波万博の政府館を中心にパビリオン運営の仕事を、リクルート社が大量に受注していたのだ。実家に帰り、つくばの大自然の中に忽然と浮かび上がるシュールな異次元空間に身を置いた田中は、コンパニオンが眼を輝かせて、テキパキと働く姿を観ながら、適材適所とは何かを考え続けた。そして、万博終了とともに独立。

つくばを拠点に全国展開し、大手外食産業、大手自動車販売会社、大手電気・電子メーカー、大手スーパーマーケット等で、次々と「採用・育成・活用・評価・処遇の各システムの設計を、経営戦略と人材マネッジメントの融合した人事戦略」として提案して行った。独立した結果、マイペースで着実に顧客を獲得して行った。

失われた十年の大量失業時代の中で、田中はこれまでのノウハウのIT化に着手。仕事を構成要素に細分化し、業務ごとの会社のニーズと人材のスキルを、条件ごとにマッチングさせる、『マッチングコード』による『仕事検索システム』を開発。ビジネスモデル特許と中小企業創造活動促進法の認定を取った。そして、二〇〇二年から、国・地方行政における雇用創出セミナーの講師として、年間百二十回の講演をこなしてきた。

最近「陽はまた登る」と言われ始めた日本経済の中で、今、田中が見据えるのは、スローワークの世界だ。「個々人が、会社に就職するのではなく、独立請負人となり、個人事業主になること」だという。そこでは、「単なる履歴書ではなく、実際にやった職務の履歴書が、評価の基準となる」という。そして、働きたい期間、働きたい時間に集中的に働き、休暇を取る時は長期にジックリ取る。自身の猛烈サラリーマン時代の反省からだ。

今年ブレイクしたLOHAS(ロハス)とは、月刊『ソトコト』でお馴染みの「スローライフ」を意味する。このコンセプトを働き方の世界に導入しようというのが田中の考えだ。つくば発ベンチャーの中に、新しい人事制度で急成長する例が誕生して欲しいものだ。(花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】つくば市二の宮3の24の10の606。電話029・851・8676。1986年5月創業。資本金2000万円。人的資源活用における経営戦略論・組織論・適材適所論・マネジメント論・営業戦略論・マーケティング論。

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