CYBERDYNE代表取締役・山海嘉之さん

ロボットスーツ物語

『世界テクノロジー賞・IT部門賞』を、筑波大学と受賞したCYBERDYNE代表取締役の山海さん
ロボットスーツHALの最初の実証実験は、夏目漱石の『坊ちゃん』でおなじみの愛媛県松山市で行われることになった。先月、愛媛大学で『次世代医療福祉産業セミナー2006』が、開かれた。冒頭のあいさつで、中村時広・松山市長は、「5メガビットの光ケーブルを張りめぐらした。この環境を活用して欲しい」と述べた。

さらに、内閣府沖縄部局参事官(産業振興担当)の滝本徹は、沖縄とつくばの事例をもとに、健康産業クラスター形成の取組について講演。「松山市出身者として、また山海先生の友人としても、この実証実験の応援団になりたい」と語った。

「つくばとのやり取りも最先端の光ケーブルで自由自在となれば、忙しさを理由に断ることもできなかった」という山海嘉之は、来月からCYBERDYNE(サイバーダイン)社のスタッフを、松山に常駐させる。松山市の中心に一体のロボットスーツを持って行き、週二回のリハビリ訓練、リハビリ支援の実証実験に入る。

昨年十一月には、『世界テクノロジー賞・IT部門賞』を、CYBERDYNE社と筑波大学とで受賞。六十カ国以上の国が参加、千人以上の有識者が審査。サンフランシスコでの表彰式では、タキシード姿の山海の周りを、ロボットスーツを着た筑波大生の桜井君が歩き回り、会場の拍手喝さいを浴びた。

時の人、山海嘉之(一九五八年生まれ)は、筑波大学システム情報工学研究科教授と筑波大発ベンチャーのサイバーダイン株式会社の役員を兼ねる。ちなみに社名のCYBERDYNEの由来は、この分野の学術基盤となる「サイバニクス(Cybernics)」と、力を意味する「ダイン(dyne)」を組み合わせたモノだ。

「松山の動きは感心させられる。とにかく、市の方の動きも、ものすごく活発ですし、松山市長の中村さんが、一手先の攻めをやって行こうとする方なので…。また、情緒というのは、意外と重要だと思います」。『坊ちゃん』の舞台となった、名湯・道後温泉に入るのが、多忙な山海の楽しみだ。

他のヒューマノイド型ロボットとの決定的な違いは、ロボットスーツHALでは、一番難しい脳の部分は、人間を使っている点だという。つまり、「優秀なアシスタントは、例の…というと、これですかというふうに書類を出してきますね。脳からの司令で、生じるわずかな電気信号をセンサーで把握する」。それまで蓄積してきたパターンつまり、人間の運動経過を小さな単位に分けて、『運動の辞書』としてパソコンに蓄積しておいて、素早く分析する。

そして、「アクチンやミオシンの生化学反応で、筋・骨格系が動き出すよりほんの少し前に、ロボットスーツが駆動するというのがポイントですね」。つまり、人間の神経とロボットを直接リンクしてシンクロさせるという、まさに石ノ森章太郎が夢想した「サイボーグ革命」が、外側にロボットをまとうという意外なカタチで実現したわけだ。逆に言うと「本人に立つ意思が無ければ、立てないという致命的欠陥…」もあったが、今では解決済みだ。

「人体との接触面はものすごい開発フィールドだと思う。素材の問題と構造問題です。強化されたカーボンファイバーで、ジュラルミンの十倍の強度を達成しました」。義足が約五十万円に対して、ロボットスーツ一体の予定価格百五十万円は、安いのではないか?

「僕も安すぎると思います。ある意味では、ボランティアかもしれない。初期の段階では、赤字でもしかたない。いきなり三千万円とか言われると使ってもらえない。使用者も開発メンバーの一員と考えると、ありかもしれません。原価から弾き出した値段ではない、自分が買うならこの程度なら有り難いなという値段。高齢だったり、障害があるだけで、年収にも影響する訳ですから、そのあたりも良く考えないと…」と。

講演などに行って、障害児の母親たちから聞くのは、「介護ロボットがあればどんな値段でも買うから」との切実な要望。「子供が障害を持つお母さんたちは、だんだんと子供が大きくなると、持ち上がらないそうです。引きずりながら移動させると壁にぶつけながらやっと引っ張って行く。もし、ロボットスーツを着用すれば、ロボットが大きなパワーを出してくれるので楽々と抱えて移動することができます。ロボットには、かかとがついていて、重さは全てロボットの方に掛かるから大丈夫です」と、山海がやさしくほほ笑む。(花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

ロボットスーツ物語

スーツのように身にまとい、身体能力を増強する『ロボットスーツHAL』は、脳からの僅かの電気信号を先取りして駆動する。この画期的なアイディアが世界を席巻し、昨年11月サンフランシスコで、『世界テクノロジー賞・IT部門賞』を受賞。山海筑波大教授(左から2人目)とHALを着用した学生の桜井君
桜木健一が主演したスポ根ドラマ『柔道一直線』に憧れ、岡山市の名門朝日高校の柔道部主将に。それまでの科学少年・山海嘉之は、高校の三年間、スポーツに没頭。新技の開発をしては大会で発表した。あんまり難しい技だと本番で使えないので、妙な小技を考えてきては、いつも審判に注意されていた。案の定、初段の山海選手が繰り出す新技は、講道館に認知されておらず、勝利を収めることは無かった。現在の研究活動に柔道がどこまで役立っているかは定かではない。だが、この柔道経験が、複雑な身体運動を体現するロボットスーツのフィロソフィーを形成したのかもしれない。

「小学校の時、エレクトロニクスはほとんどやりましてね。真空管、トランジスタ、自分で作った発信機を使って、岡山城の堀で捕まえてきた牛ガエルにそのまま電極をつけて、どんな信号だと、収縮率が高まるのか、データを取った」。少年時代の山海がワクワクしながら研究に取り組む事ができたのは、魔法使いサリー、サイボーグ009などのアニメが、研究に対する不思議な世界観をもたらしてくれたからだ、「テクノロジーと充分に発達した科学は、魔法と区別できない」という、アーサー・C・クラークの言葉が物語るように。

少年時代の山海は、おもちゃは買ってもらえなかったが、顕微鏡や電子部品は買ってもらえた。その教育的成果か、大学院でのロボットスーツの研究においても、最初は、電極シールを片腕に64点、ズラッと張って生体電子信号を容易に分析することができた。

どんな分野についての質問にも答える山海だが、専門は何ですかと言われるのが、一番苦手。医学と工学を両方押さえたいと、筑波大の大学院で考えた。医学部への転籍も考えたが、「時間の無駄だ」と、担当教官から止められ、代わりに「医学の専門家と組んだらどうだ」とのアドバイスを受けた。当時はまだ、異分野で組むことは珍しかった。論文などを書きながら、活発に活動していた。大学院終了後は、新分野開拓のため、それまで所属していた学会から足を洗って、しがらみを切った。

そして、未来ビジョンを作りたいと、研究ビジョン作成に教官としての二年間を費やした。『分野開拓』としてのサイバニクスとは、サイバネティックスとメカトロニクスとインフォマティックスの融合領域のことだ。

この時山海は『サイバニクス』という新分野で取り組めるテーマとして、ロボットとかテクノロジーを身にまとうということを考え始めた。人間を強化するという身体機能増強・拡張システム。ちょっとテクノロジーを身につけた瞬間から、人間をアップグレードすることができる。

身障者、健常者、共にそれぞれの状況に応じて人とテクノロジーはどのようにつき合うべきかが、重要なテーマであると山海は主張する。「僕は目が悪かったので、結局、柔道をやっていた時も、眼鏡を取らなきゃできないんですね。これはこれで大変なんですよ。いったんテクノロジーを外すと、何も見えないわけでから。人間の進歩の中で、ちゃんとテクノロジーを身につけた人だけがアドバンテッジを持てる」。テクノロジーが、人間の体の一部になって行く。山海のバイブル『サイボーグ009』にも通じる。

最近、某国の企業から五十億円でも良いから、提携を検討させて欲しいとの話があった。

「ロボットスーツをライセンス製造させてくれとい言ってきた。結構グラッときそうだが、でも、そうじゃなくて大切なことは何かということです。この時代に生きていて思う事は、過去でも未来でもそうなんですが、いつの時代も変わらずやったことは何かなと思うと、人と共に互いに思いやる心を持って生きて行くということを重要視している」。今何をやっているかというと、自分と関わっていく人たちに、次の時代に向かって上手くバトンタッチできる生き方を目指している。「世の中を変えていきたい人、彼らと供に、分野開発に対して、一石を投じられれば」と思っている。

「新しい分野を開拓する時のあの気持ちというのは、技術をチャンと作り上げていくって言うことです。やっといろんな分野を統合しながら融合し、これで良いかなと思うと、法整備の必要性が出てくる。今度は、保険の問題が出てくる。気がついてみると、世の中全部について、社会的影響がドンドン広がっていく。開拓の繰り返えし、正に、フロンティアというのか…」と。

山海は、「未来開拓をしながら、まだ開けた事の無いドアを開けた時、そこ見える風景と言うのは、次の時代の未来なんですよ。これはかなり素晴らしいです。こんな風な展開ができると思うだけで、ああ夜も眠れない…という感じです」。

大学発ベンチャーのCYBERDYNE社では、特に人材育成を重視している。「大企業に雇用される人材を育成するのではなく、雇用を産み出せる人材を作るのが大学の教育であって欲しい」と考えている。
 (花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】つくば市吾妻2の8の8つくばシティアビル。電話029・855・3189。2004年6月24日創業。資本金2000万円。ロボットスーツ『HAL』等の開発により、リハビリ支援、介助支援、身体機能増強。拡張機器および身体機能増強・拡張システムの研究開発等を行う。http://www.cyberdyne.jp/

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