医療法人恵歯会・桜ケ丘歯科医院院長・山城哲郎さん

日本最大規模の歯科グループ

つくば市を起点に日本最大規模の歯科グループを造り上げた山城さん
医療法人恵歯会・桜ケ丘歯科医院・院長の山城哲郎(一九四九年生まれ)は、日本最大規模の歯科グループを、つくば市を起点に造り上げた。恵歯会およびグループで開業している歯科医は全国に百二十名程おり、定期的に勉強会などを行い技術の向上に努めている。それぞれが、独自に開業するケースの多い歯科業界では、極めて珍しい全国的な組織である。

そもそも、神戸商船大に進学した山城は、海洋訓練で経験する計器を見続けるだけのウオッチ業務に、入学一年目から適していない事に気づいた。高校時代からラグビーに熱中し、にぎやかなチームプレーの中に身を置いてきただけに、海上の孤独に耐えていく自信がなかった。

そんな時、歯科大に進学していた兄から、同歯科大のラグビー部の強化のために、うちの大学に来ないかとの誘いがあった。九州歯科大学は、日本で唯一の公立の歯科大ということで、かなりの難関であった。船乗りに向かないことを悟った山城は、猛勉強の末、入学を果たした。

キャンパスでは、ラグビーに熱中しながらも、歯科医の奥深い世界に引き込まれていく自分を感じた。卒業後、マングローブの研究者でもあった父、山城守也の指導もあり、兄弟で、実家近くの山口県周南市に開業した。しかし、せっかく兄弟でやるからには、単なる歯科医院ではなく、全国規模の広域にまたがる歯科グループを目指すことにした。

そのころ、歯科医院に対する、国民の満足度がかなり低かったのである。一人の歯科医で営業していて、なかなか診てもらえない。その上、保険外診療を中心とした歯科医院が多かったため、地域社会から密かに指弾されていた。山城は、「保険適用第一主義で、子供にも分かるような説明を患者にしながら、透明度が高い歯科医を作れば、全国に市場があるはず」と、考えていた。

歯科医療界の情報を収集、分析し多くの人に相談しながら日本地図を広げては、進出地点を検討した。そして、第一候補にあがったのが、街づくりが始まったばかりの一九七八年当時の筑波研究学園都市であったのだ。

山城の読みは的中。保険治療と徹底的な説明によって、開業した桜ケ丘歯科センターは、つくば市民のニーズをガッチリ捉えて離さなかった。

「十台の治療台に五人の医師。歯科衛生士、歯科助手は十人。別室には、歯科技工士が五人いて、治療中に色合わせにやってきては、次回には、差し歯を入れてしまいます」。何度も、患者を通わせたりしない。

つくばで、橋頭堡を築いた山城は、石垣島に進出。人気ドラマ、ドクター「コトー」並みの歓待を受けたという。次々と各地の行政体から声が掛かり、現在では、十カ所に直営の歯科医院を経営している。また、「恵歯会に勤務後開業した歯科医の診療所は、現在全国に約百十カ所あり、それぞれ、その地域で活躍をしている。開業後も地域ごとに年に四〜五回集まり、研修会・勉強会・情報交換等を定期的に行っており、常に研究を怠らないようにしている」とのこと。

山城は、歯周病など手間の掛かる治療を、積極的に行っている。「入れ歯になる原因は、虫歯ではなく、実は歯周病で歯が抜け落ちてしまうことによるのだ」という。保険適用外の高価な入れ歯で、収入を伸ばすのではなく、自分の歯を守ってもらおうと、研究を重ねてきた。

「今まで、良くならなかったのに、先生のお陰で治った」と喜ぶ患者の姿が、山城の一番の生き甲斐である。「歯科医が、何軒造れるかとの、経営的な挑戦も確かにある。しかし、約三十年間やってきて感じるのは、全国各地に診療所を出すたびに、その地の人々の生活に触れる喜びが大きい」とも。

全国展開してきた山城が、最後の目標と考えているのが、東京都心である。保険治療中心の山城の考えが、高級志向の都心の患者層をつかむことができるのか。「人生最後の大きな挑戦」と山城は思っている。

TXにより都心との時間距離が、大幅に短縮したことが、進出の追い風になりそうだ。メイドインつくばの医療技術が、今、試されようとしている。
 (花山 亘つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【事業概要】つくば市吾妻3の17の6。電話029・852・1518。1978年創業。資本金・2000万円。つくば市の桜ケ丘歯科センターを含む全国10カ所に治療施設を設立している恵歯会。その特色は、歯周病、義歯(入れ歯)、矯正、インプラント等の各分野のスペシャリストが患者の治療に専念していること。
http://www.keishikai.com/


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