![]() RURI(ルリ)株式会社 代表取締役・前川義一さんん |
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常磐線5時58分発
三年前、退職金でRURI(ルリ)株式会社を、牛久の自宅近くに設立するまで、代表取締役の前川義一(一九四九年生まれ)は、来る日も来る日も、ソニー(東京・品川)に朝七時半の一番出社の記録を続けた。傍から見るとまさに難行苦行だが、「電車でほとんど寝ていましたから…」と、明るく振り返る。「会社を作って、社長業がこんなに自由だとは、思わなかった」とも。 前川は、ソニーの退職奨励制度を活用して五十三歳で早期退職。「二〇〇六年問題」、つまり団塊の世代の大量退職時代が、来年ピークを迎えようとしている。前川たちの世代が放つビジネス戦士の熱気は、通勤地獄を抜け出して、まさに花開こうとしているかに見える。 出身は、鹿児島県・奄美大島。奄美にのみに棲息する野鳥で、国の天然記念物に指定されている「ルリカケス」から社名をとった。ソニーのエンジニアで、髭を湛えるのは、大変珍しかった。優等生として、組織に埋没するのではなく、個性的な人生を歩むもうとする、前川の姿勢を象徴している。退職後始めたマラソンやダイエットも講演のネタにしてしまう本格派。 前川のパソコン個人指導は、「申し込んできた人が何をやりたいか、ジックリ聞いて、その人のための教材を用意しておく。すると初心者でも、四時間指導すれば、使えるようになる」というユニークなもの。パソコンやネット環境も顧客に合わせて用意して販売する。 ソニー時代最後の数年間は、現場の責任者としてユーザーのクレーム処理に奔走した。携帯電話の市場が急拡大する時期で、さまざまのトラブルに直面したが、「基本は、どんクレームにも、顧客の言う事を否定せず真摯に聞く。そして、そのようなことが起こりうるのかは、実験室で再現してみた」。この姿勢が功を奏して、大事件が起こることなく、職務を全うできた。 この間に経験した、ユーザーのさまざまな無理難題、つまり生の声を聞いた事が、今回の「pcQ援隊」の立ち上げに繋がったというわけだ。IT時代で、多くの人々がパソコンを日々使っている。しかし「人によって、用途はさまざまで、ハードとソフトの組み合わせも全く異なる。そこに、プリンターやスキャナー、デジカメなど、さまざまな要素が加わってきました。その上、インターネットで世界中のパソコンとも繋がった。個々の現場では、メーカーが、全く予想もしないような使い方で、想像もしない不具合や故障が発生する」現場を、前川は見たのである。 パソコン本体のモデルチェンジが早く、OS(オペレーティングシステム)のバージョンアップも続く。周辺機器やソフトウェアーが、次々に新発売されている。これらの組み合わせで生じる数えきれないトラブルをトータールにサポート体制など、あろうはずもない。前川が、ターゲットとしたのは、大小多数のメーカーが織りなすIT社会の、最終的なユーザーインターフェース。無数のトラブルをたった一回の電話で全て解決するワンストップサポートであった。各メーカーのユーザーサポート代表といった役回りか。 「膨大なパソコンの修理を手掛け、そのプロセスを克明にノートに記録し分析していった。するとトラブルが生じるパターンが、徐々にではあるが、明らかになっていてきた」のだ。この「修理ノート」が、門外不出の、前川の宝物である。「このハードと、このソフトを組み合わせて、このように使うと、必ずパソコンが動かなくなる」などの、本にもマニュアルも書いてない事を、一件一件のパソコン修理の中から、抉り出したのである。 前川たちのような、モーレツに働く団塊の世代が去った今、ソニー製のリチウムイオン充電池発火騒動が、発生した。世界規模になりそうな今回のリコールを、ソニーOBとしてどう見るか? 「僕たちが入社した三十年前からすると、巨大企業となり、さまよえる象というふうにもみえる。しかし、ソニーという会社は、オープンマインドの企業風土があり、トラブルを隠し立てしたりしないので、最終的には、上手く収まると思う」と、後輩たちエールを送る。 (花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略) 【事業概要】牛久市田宮町1070の7。電話029・878・3953。2003年7月11日創業。資本金1000万円。「pcQ援隊」のブランドで、パソコンのサポート業務を行う。儲かる確率の高いホームページ制作。ワンストップサポートのパソコン修理。失敗しないパソコン購入。4時間で習うパソコン教室。経営コンサルティング。インターネット契約取次ぎ・設定・設置。http://www.pcqentai.com/ | |
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