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製陶ふくだ
己を捨て新たな発想
製陶ふくだ
伝統を継承しつつ、笠間焼の世界的な知名度アップを図る福田実さん

 笠間の地で約二百年間、窯の技を伝承している「製陶ふくだ」(笠間市下市毛)。五代目当主、福田実さんは、一九九〇年四月から二〇〇一年十二月まで七回にわたって、世界最大の巨大花瓶づくりに挑戦し、笠間焼の世界的な知名度アップに貢献してきた。
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 友部町側の国道355沿いには、そのうちの一つが笠間のシンボルとして、存在感を誇示している。最初は失敗を繰り返したが、高さ十・七bまで記録を更新。九四年に作った七・二bの花瓶は、海を渡ってペルーに寄贈され、友好親善に一役買った。
 「笠間焼の普及には全世界に知らしめることが必要と考えた」。老いてなおチャレンジ精神を失わない福田さんは、そう振り返る。「ほかにないもの。常に新しいもの、種類を豊富に、いかに安く」が経営者としてのモットーだ。
 「己の存在を無に閉じ込め、貢献、献身、奉仕等あらゆる仁の行為は、すべて終幕の慰めにあり、熱き炎のような情熱に己を燃やし蓋しても、決して温まる事はないと、心に留めおくべし」ーー。福田さんは、職人の心得として、この言葉を胸に刻んでいる。
 「製陶ふくだ」は、信楽(滋賀県)から来て約二百三十年前に開いた園部善六氏の窯を、初代兼平が買い受けたのが始まり。以来、民衆的手工芸品(民芸)にこだわり続けた。
 九二年には、一年五カ月を費やして笠間焼に関する文献を解読、古陶器の調査や技術・技法の解明などを手掛け、笠間焼の伝統工芸品国指定にこぎつけた。
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 「人類誕生から約五万年もの間、知的遺産として、宗教的道徳的常識的な価値規範が脈々と残されているはず」。独特の哲学を重んじる福田さんは、これらを子供に教えたかったと、教師を志した時期を振り返る。
 「経験と知識に、夢への実現に向けて挑戦する気持ちがなければ何事も達成できない」。長男も後継者として一人前に成長したが、自身の創造意欲は増すばかりだ。

製陶ふくだ
【メモ】笠間市下市毛、五代目当主・福田実さん。1796年(寛政8年)・初代義右門兼平が、仕法窯として始める。80年に笠間焼きの歴史館、96年に世界のやきもの博物館を敷地内に開設。



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