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イセブ
三拠点体制でサービス向上
高い技術力都内からも受注
プリンティングステーションの製作ルーム
 創業者の稲葉鉄之助が屋号の「伊勢武」で書籍・教科書・文具類の販売をつくば市北条で始めたのは一八八三年。それから年月を経て印刷専業に転換したのが一九一三年。今年で創業百二十年を迎えるという老舗だ。
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 同社の足跡を振り返ると、一八九九年に活版印刷部を設け、各官庁、学校との取引を開始。その後の一九三七年には石版印刷機を導入し、印刷専業としてスタート。社名も「イセブ」とカタカナにする。しかし、四一年に勃発した太平洋戦争の戦況が厳しくなると、鉄や鉛で出来ている印刷機・活字が強制的に供出となり、四三年より三年間は営業停止を余儀なくされた。しかし、戦後の混乱が続く四七年には、活版印刷を再開。
 六八年にオフセット印刷機を導入して平版印刷を始める。翌七三年には、タイプ、PTO部門を設け、営業所を桜村金田(現つくば市)に設立し、七七年に事業拡張に伴い法人設定し社名を株式会社イセブ印刷とする。
 七九年、営業拠点となる松見センターを同市東平塚に開設すると、社名も株式会社イセブと改称。九四年に同市平塚に新社屋が竣工。九八年につくば市桜にイセブデジタルセンターを開設して現在に至る。
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 同社が大きく飛躍したのは、六三年九月に閣議決定した国立研究機関や教育機関の移転によって生まれた筑波研究学園都市の誕生だった。八五年の科学万博前後に都心機能が充実すると地域形成に弾みがつき、大学や病院、各研究機関からの研究レポートやパンフレット、冊子などあらゆるジャンルの印刷物の注文が多くなった。
 しかし、印刷・出版業はさまざまな職種の中でも極めて東京集中型といわれる。大阪や名古屋のような大都会でも設備面においては大きな会社が育っていない。それだけ、東京には情報が集まり、発信する機能が集中している。
 イセブも、研究学園都市ができ始めたころは、技術や仕上がりも今一つで「やはり田舎の印刷屋」というレッテルを貼られた。しかし、同市中心街の東平塚に松見センターを開設すると同時に、ワープロ入力からパソコンの情報処理などの近代化を図った。特に大量処理や和欧混合の学術出版物、高い技術力が要求される国内の遺跡発掘調査の報告書などは、東京からの需要にもこたえられるまでにレベルアップした。
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 イセブの大きな特長は三つの拠点を持ち、それぞれの機能を生かしサービスを提供していること。同市平塚のイセブプリンティングステーションでは最新の編集・印刷機器をそろえ入稿からデザイン、組版、製版、印刷、製本までの全工程を自社内で処理している。また、営業部門に求められるスピーディーできめ細かいサービスを目指し、定期的に顧客訪問をしてマーケティングに迅速に対応しているのは、同市天久保のイセブサービスステーション。
 さらに、「必要な時に必要な部数だけ」をコンセプトに同市桜に二〇〇〇年四月にオープンしたイセブデジタルステーション。ここでは、ホームページ作成やCDR制作はもちろんのこと、電子出版などマルチメディアに関するさまざまサービスを提供している。
 筑波大学を横断するように走る学園平塚線にトライアングルのように三つの拠点を構え、サービス向上に努めている同社の飛躍が期待される。

【メモ】つくば市天久保2の11の20、稲葉重郎代表取締役。創業1883年。社員40人。営業品目は企画・編集、デザイン、オフセット印刷、デジタル印刷、製本など。



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