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三浦紙器工業石岡工場
創意工夫と小口対応で活路
一万アイテム超す紙器製造
段ボール箱全般から企画製造まで取り組む三浦紙器工業
 一九四八年(昭和二十三年)に東京で創業し、石岡市への「精工舎」工場移転に伴い、石岡工場を立ち上げた。時計類の化粧箱などに創意工夫を凝らしながら、独自の化粧箱作りを展開。今日、ダンボール箱全般を製造する一方、印刷紙器、包装梱包用資材なども手がけ、独自の企画製造、企業提案を展開しながら、長引く不況下に活路を切り開く努力を続けている。
 一万アイテムを超す様々な紙器製造と、二百五十社に上る取引き企業の幅の広さは、様々なニーズに対応する確かな技術と誠実な対応姿勢の成果だ。
 社会全体に不況を生き抜くためのコスト削減が進み、パッケージ関連の業界は今、厳しい環境下にある。
 七割が青果物など農産物関連のダンボール箱で占め、残り三割も、主に弱電、精密機器類の工業製品の簡易なパッケージ。ダンボールは値下げ競争が激しく、とても提案型の市場戦略を練ることはとても出来ない。
 だが、単なる値下げ競争は同業者間のつぶしあいにしかならず、独自の創意工夫を製品に生かした市場展開に活路を切り開きたいところ。卸し先や消費者の喜ぶ化粧箱を作り上げ、いかにアピールするかがカギとなる。
 そのために小口対応の機械化を推進。少量でも質の高い、顧客の納得できる製品開発に向けてアイデアを模索し始め、これからの企業経営に、市場展開に戦略を練っている。
 「小口対応に加えて、顧客の幅を広げ、いかに良い付き合いを広げ、増やしてゆくかが大きなカギ」と、三浦社長は話す。「新しい用途やアイデア、新発見は顧客から知らされる」とも。顧客ニーズを十分に把握して、需要に寄り添う、いわゆるオンデマンドビジネスへの展開が大きな目標だ。
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 ビニールやセロファンフィルムなどがついたパッケージや、発砲スチロール類を緩衝材に組み込んだパッケージは、これからの時代、環境保護への関心がますます高まる中で、使用後の処理上、使いにくくなる。
 同じダンボール箱でも、緩衝材そのものもダンボールで一貫していれば丸ごとリサイクルがきく。環境をテーマに、需要を掘り起こす提案型企業への脱皮に活路を見出す。

【メモ】本社・東京都江東区亀戸2丁目、三浦富士雄社長。資本金2400万円。従業員100人。年商20億円。石岡工場(石岡市行里川)のほか、つくば市と伊奈町に工場をもつ。



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