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株式会社アイビル
顧客の喜ぶ顔が原点
飯坂専務が不動産業に関わりを持つようになったのは、農業機械などを販売しているイセキの勤務時代。一九九〇年代のバブルの全盛期。同社が建設事業部を立ち上げ、不動産事業に乗り出して担当社員となったのが始まり。地主との地道な交渉で土地を仕入れ、宅地として大型造成すると売れた時代でもあった。その中で得たものは、不動産物件を引き渡すときのお客様の喜ぶ顔だった。それを原点として、お客様のために何かをしたいと一身八起して現在に至る。

(有)アイビルを九〇年に設立し、土浦市内のダイワーズランドのような大型レジャー施設を誘致したが、時を同じくしてバブル崩壊の波を受けた。以来、空白の十年と言われる時代に、当時の不動産仲間の八〜九割が廃業か縮小を余儀なくされる。その中で、飯坂専務は、これまでのような商売のやり方では不動産業としての成功はないと確信、顧客のニーズにあった事業転換に切り替える。

アイビルが九四年より手がけた不動産取引・企画販売の主なものは、土浦市内の大型住宅団地の開発。つくば、土浦両市内のパチンコ店を買い取り、宅地分譲や店舗開発。つくば市東新井の約一万平方bの分譲や、土地区画整理組合の土地の企画販売などを手がけ順調に不動産事業を回復の波に乗せている。

アイビルという名称は、専務の苗字の頭文字と日本一の貸しビル業を営む森ビルにならって、アイビルの大きな発展の願いをこめ命名した。今後の展開として土浦・つくば・守谷市の企画開発を手がけ、いずれは利根川を越えて東京に自社ビルを持つのが目標で、志は高い。

アイビルのもう一つの特徴は、利益の一部を社会還元していること。県視覚障害者協会には毎年のように援助の手を差し伸べ寄金を続けている。九八年には、関係団体と協力して視覚障害者にも夢をと芝居観劇を企画して開催に向け尽力。観劇後、多くの障害者や家族から感謝を受けた。

また、昨年十二月、創立七十周年を迎えた視覚障害者福祉大会では、長年の寄付功績が認められ、橋本県知事から援護功労賞が授与された。

このような活動を通じ末広がり的な顧客のネットワークを構築。マイホームが欲しい、自社ビルが欲しいというニーズに合わせた市場調査を徹底。よりよい企画商品の提供をモットーとした事業展開を図っている。

飯坂専務は、「これまで培った県南地区を中心とした土地勘を生かし地価の相場を的確に判断。お客様と正常な不動産取り引きの徹底を図りたい」と語り、今後もより多くの付加価値を付けた商品開発を目指している。

【メモ】本社・土浦市上高津新町2の34 飯坂章専務取締役。(有)アイビル(飯坂章代表)を1990年2月設立。95年5月に(株)アイビル(飯坂皙社長)を設立と同時に(有)アイビルを吸収合併し現在に至る。社員6人。年商5億円。 



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