|
| りそな救済は「場合の手」? |
| 責任不問で景気後押し
|
| 囲碁ファンであれば、「場合の手」という言葉を知っているだろう。特定の局面においてのみ、効果を発揮する筋の悪い着手で、「アマチュアは決して打ってはならない」と教科書は教える。 二兆円近くに上る公的資金を注入された大手金融グループ、りそなの二〇〇三年九月中間決算(見通し)を見て、この囲碁用語を思い出した。グループ連結の最終損益は当初予想の二百億円の黒字から、一兆七千六百億円の赤字に、信じがたい額の下方修正となった。OBが役員を務める「親密企業」を中心に、一兆二千六百二十六億円も不良債権を処理するほか、将来の税金還付を前提にした繰り延べ税金資産を思い切り圧縮したり、リストラ費用を前倒しで計上したりした。りそな幹部は「下期からのV字型回復に向け、うみを出し切った攻めの経営」と胸を張る。 問題は、グループの傘下にある近畿大阪銀行と奈良銀行が増資する際の原資を公的資金、つまり国民の税金に頼っている点にある。竹中平蔵金融相は、グループが保有する株式を売って得た資金を使うので、公的資金の流用ではないと述べているが、これは詭弁。 それが証拠に、増資を引き受ける結果、りそなグループの自己資本比率は、12%台から6%台に急低下する。公的資金がなければ、債務超過に陥って破綻処理の対象になっている計算だ。金に色はないのだから、別の勘定だなどというのは、本質を覆い隠す議論と言える。竹中氏も、その辺は分かっているに違いないのだが、「りそなに入れた公的資金は、消えてなくなるものではない。株価が上がれば、お釣り付きで戻ってくる」と説明してきた手前、流用を認めるわけにはいかない。 五月下旬に、りそなに対する公的資金の注入が決まって以来、株価、特に銀行銘柄は、ぐんぐん上がってきた。「政府は大銀行を潰さないし、株主責任も問わない」と知った内外の投資家が、安心して銀行株を買い出した結果だ。景況感を明るくした最大の要因は、りそな救済だった。 株式は本来、ハイリスク・ハイリターン商品。政府がリスクを肩代わりしてくれるのなら、こんなうまい話はない。事実、りそなの株主は、一時五十円を割り込み、紙屑になるかもしれないと覚悟していた株券の価値が百八十円(十月十四日)まで上がり、にんまりしていることだろう。 りそなへの公的資金注入は、株主のモラルハザード(倫理の欠如)助長を代償に、景気回復を後押しした「場合の手」だったのだろうか。 |