header
経済評論家 杉田暁
福井日銀総裁は「嘘つき」か
市場との対話は曲芸
先週の本欄で書いたように、就任一年を経過した福井俊彦日銀総裁は、就任一年を大過なく乗り切った。とりわけ海外の受けは良いのだが、国内の銀行や証券会社のディーラーからは「市場との対話を軽視している」との不満の声が上がっている。

市場参加者にとって、福井氏は読みにくい総裁なのだろう。まず、日銀のエースとして登板した直後、政府の意向をくんで、株価対策を決めたことで、肩透かしを食らった。さらに、景気回復の足取りがしっかりし始め、総裁自身がそれを認めているのに、金融緩和を提案・実施したのもサプライズだった。

かつて、「公定歩合と衆院解散は、マスコミに嘘をついていい」と言われた。しかし、最近は予見できない金融政策を打つと、市場の信頼を失うとして、各国の中央銀行総裁は記者会見や議会答弁などで、注意深く政策の方向性を示唆するようになっている。その意味で、ディーラーの目には、福井総裁が「嘘つき」に映るのかもしれない。

「市場との対話」とは何だろう。ある財務省OBは「官僚は黙って仕事をするのが美学だが、日銀総裁はおしゃべりじゃないと務まらない」と言う。黒子の存在に徹する役人道との対比で、日銀の体質を皮肉ったのだが、日銀総裁の本質を端的に言い表した言葉でもある。

米連邦準備委員会(FRB)のグリーンスパン議長は「私の発言がすらすら分かるとしたなら、誤解していると思って欲しい」などと、しらっと言う。確かに米議会での証言を聞くと、モノトーンな口調で、「しかしながら」を多用し、容易に尻尾をつかませない。それでも、十七年間にもわたりFRB議長を務める過程で、市場の信頼を勝ち取ってきた。

日銀が一年以内に直面する最大の試練は、量的緩和の「出口政策」だ。景気の回復がさらに進めば、金利が上がるのは自然の成り行き。ただし、市場は世の中を先取りしようとするので、福井総裁が「量的緩和の出口を模索している」などと言おうものなら、長期金利が急騰し、景気を失速させる恐れがある。

福井氏が民間にいた頃、当局は市場の暴走にどう対応すべきか、と聞いたことがある。答えは一言。「悪乗りした人に損させればいい」。

問題は、市場参加者に大火傷を負わせると、金融不安を再燃させかねない点にある。嘘はいけない。といって、あまり正直なのもどうか。時には、やんわりとお灸を据える必要もある。福井総裁は、市場との対話を通じ、こんな曲芸にチャレンジすることになる。



BACKHOME