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| 「一千万円超」が自己責任
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| イラクの人質事件以降、「自己責任論」が盛んだ。来年四月に、全面解禁されるペイオフ(預金の払い戻し保証額を元本一千万円とその利子までとする措置)について、この観点から考えてみたい。 まず、ペイオフの仕組みを簡単に説明しよう。例えば、元本で千五百万円を預けているA銀行が破綻したとする。その場合、一千万円とそれに付く利息は、確実に払い戻してもらえる。残る五百万円とその利息については、A銀行が保有する貸出債権、有価証券、不動産などの資産を売って弁済されるが、大幅に目減りする恐れがある。 仮に自己責任を徹底するなら、こんな仕組みを用意する必要はない。倒産会社の株券が紙屑になるのと同様に、預金通帳が紙屑になっても当然であり、破綻するような銀行を信用した預金者が悪い、という理屈だ。しかし、預金者を資本家と同列に扱うのは、ひど過ぎる。 そもそも預金者には、貸借対照表や損益計算書を送ってこないし、自分で調べるはずもない。一般の預金者が金融機関の健全性を「自己責任」で判断するのは無理なので、一千万円までの元本と利息については、ダメな金融機関に預けた責任を問わず返してあげよう、というのがペイオフの考え方だ。見方を換えれば、「一千万円超の預金」についてのみ、預金者の自己責任を求めていると言える。 このようにペイオフ制度は、預金者を保護するためにある。どうせなら、普通預金の全額払い戻しを保証し続ければいいと思うかもしれないが、そうすると金融機関の経営が甘くなる。実際、かつて破綻目前だった金融機関が「百パーセント安全ですから、どんどん預金してください」と言って、高利でお金を集めた結果、国民負担が膨らんだ例があった。 虎の子を預ける預金者は、金融機関を厳しい目で選ぶ。金融機関もルーズな経営をしていては、預金を集められないので、しっかりする。こうした相互の緊張関係の中で、金融システムが安定する。これが理想であり、ペイオフの狙いだ。 しかし、現実は理想通りに行かない。二〇〇二年四月に定期預金のペイオフを解禁した際には、大量の定期預金が解約されて普通預金に流れ込んだ。今度は、同じ金融機関内に安全地帯がなくなるので、弱い(?)中小金融機関から、強い(?)大銀行に預金が逃げ出し、金融不安を煽るのではないか、と懸念されている。 過剰反応が怖い。そして、それを杞憂として笑い飛ばせないのが、日本の金融界の寂しいところだ。 |
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