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経済評論家 原田淳也
産業再生機構は何を残したか

「金融と産業の一体再生」を目指して二年前に発足した産業再生機構(斎藤惇社長)がこの三月末で、大手スーパーのダイエーを最後に、支援決定した案件の債権買い取りをすべて完了した。今後は、残る三年間で支援企業の事業再生に全力を挙げる。再生機構が担ってきた役割のいわば「入り口」の部分がようやく終了したことになる。

この時点で再生機構の果たした役割を厳密に評価するのは難しい。期待された成果に比べて不満は残るが、総じて言えば、金融システム不安と企業倒産ラッシュの中で緊急避難的な形での企業社会の安定に寄与したことは間違いない。

再生機構が支援決定した案件は計四十一件に上る。この中には「最後の大物」と言われたダイエーをはじめ、カネボウ、ミサワホームなどが含まれる。ダイエー支援では銀行などが持つ債権約四千億円(元本ベース)をおよそ半額で買い取り、減資後の新会社に機構自らが出資して筆頭株主に躍り出るという「荒業」も実行した。

機構が買い取った銀行債権は累計約一兆円超(同)。実質的な買い取り資金や企業再生のための出融資の資金は、機構が政府保証による借り入れで調達。その額もほぼ一兆円に達した。国民負担という点で言えば、機構の収支採算は最終確定していないものの、入り口部分で予算枠十兆円に対して十分の一に抑えたことは評価してよいだろう。斉藤惇社長は「支援企業の再生可能性を民間の手法で厳しく裁定した結果こうなった」と言う。銀行に対して過去何兆円もの公的資金を投入したことに比べれば、安上がりではあった。

ただ、惜しむらくは、機構の支援先企業は一部の大手企業を除けば、地方の百貨店や旅館・ホテル、交通関連会社や中堅製造業などが大半を占める。特に今年一月以降、栃木県下の鬼怒川温泉などのホテル数件を駆け込み的に支援決定したのはいささか異常である。

機構が果たした役割として、業種や業態ごとの企業再生モデルを構築した点は確かに評価できる。しかし、公金まで使って地域のバス会社やホテルの再生支援に奔走したのは、機構としての「実績稼ぎ」とみられても仕方がない。モデルの実践をすべて請け負っていては、結局は「官頼み」の風潮を助長するにすぎない。

単なる事業再生でなく、企業再生を通じて産業構造の転換に結び付けることも、当初は再生機構に期待された。しかし、これはものの見事に失敗した。機構の支援決定の背後には、支援を拒否された企業も数多くある。機構による「閻魔帳的な裁定」がそれなりの意味を持ったはずだが、その効果は明示的ではなかった。また、当初注目されたゼネコン企業の申請は一件もなく、そうした案件を銀行側は持ち込まなかった。「申請主義」という機構の建て前からいって、最初からないものねだりだったと言える。

結局のところ、再生機構の果たした役割とは、司法的な処理とメーンバクによる私的処理の中間を行く企業再生のあり方を示したことに最大の意義がある。銀行団の利害が輻輳して不良債権処理の難しい案件を機構が利害調整を行い、新たな事業再生モデルをつくったことである。むろん、それは公的な権威があってこそ実現できた部分が大きく、機構がなくなる三年後に民間で独自に対応できるかどうか、一抹の不安も残る。

しかし、機構発足がきっかけとなって、銀行、証券系や外資系の企業再生ファンドが日本にも数多く生まれた。機構が、会計士や弁護士などの人材を集めて民間並みの手法で作り上げた企業再生モデルはひとつの「公的財産」でもある。これを活用して、「民のことは民でできる」システムを早急に構築していくほかに道はない。そのためには、民間がつくった「私的整理ガイドライン」の見直し強化や企業再建に向けての法的手続きの簡素化が必要だろう。官のカネや人材だけに頼る仕組みは、もういいかげんに卒業すべきだろう。



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