header
経済評論家 原田淳也
金融政策の「正常化」へ向けて

米国は五月三日に追加利上げに踏み切ったが、「緩やかな景気回復」が進む日本は、過剰なまでの量的金融緩和の下で金利水準は依然ゼロ金利のまま放置されている。日銀は四月末に公表した「展望リポート」で、二〇〇六年度の消費者物価を小幅上昇と想定し、〇六年度にかけて金融緩和解除へ踏み出す姿勢をにじませた。だが、金融政策が量的緩和の枠組みから脱却するいわゆる「出口政策」を、このままずるずると先延ばしすることは、本当に正しい政策選択なのかどうか、疑問は多い。

日本の景気は現在、「踊り場」局面にあるとされる。政府や日銀のリポートでは「緩やかな回復期の中のひと休み」とされ、IT産業などの在庫調整が一巡すれば、景気は再び本格的な回復軌道に乗ると想定されている。確かに、ソニーやシャープなど大手企業の業績低迷が伝えられる中、半導体やデジタル家電製品の不調は長引いている。

とはいえ、〇二年春以降の景気回復期は既に三年以上に及び、大手企業の利益改善や体質強化が進み、手元のキャッシュフローも豊かになった。懸案だった金融システム不安もほぼ解消し、金融市場の流動性(資金)不安も遠のいた。本来なら、この時期に量的緩和を部分的にでも解消できるはずだが、なぜか日銀の腰は重い。

日銀はつい最近まで、「〇五年春以降、景気は踊り場を脱する」として、〇五年度中の緩和解除を想定していたふしがある。ところが、ITの在庫調整が長引く気配を見せ、世界的な原油高などで米国経済の減速がはっきりしてきたことから、この回復シナリオを修正。今回のリポートでは「年央以降に回復の動きが次第に明確になる」と表現を変え、本格的景気回復の時期を後ずれさせた。

そして、符節を合わせるかのように、〇五年度の消費者物価見通しも昨年秋時点のプラス0・1%予測を、今回マイナス0・1%に改定した。周知のように、日銀は量的緩和解除の条件として、物価上昇率が安定的にゼロ%以上になることを挙げている。従って、現時点では、少なくとも〇五年度中は金融政策を転換する意思はないということだろう。

しかし、こうした一連の政策判断は国民経済にとって本当に好ましい結果をもたらすのだろうか。量的緩和策は既に四年以上に及ぶ。確かに、超緩和策が下支えする形で景気は緩やかに回復したが、この間の景気回復は、「勝ち組」といわれる一部の業種、企業で目覚しい改善を見せたものの、それが経済全体の雇用・所得にプラスとなる形にはなっていない。経済や産業の二極化が進み、金融政策の効果が限定的となってきたためだ。

また、緩和解除の条件に物価のプラスマイナスを持ち込んでしまったのは、そもそもの政策判断の誤りと言ってよい。景気動向と物価が下がることの因果関係は年々薄れている。物価下落は即デフレ、景気悪化という固定概念に引きずられて、政界などからの「デフレ脱却」の声に応じて緩和解除の条件としたのは、明らかに日銀の失敗だろう。ここは改めて、景気・物価の「総合判断」を全面に押し出すべきだ。

日銀は、景気の先行きについて、原油価格高止まりのリスクを指摘する。しかし、原油価格上昇は経済へのマイナスの影響と同時に、価格転嫁によるインフレリスクもはらみ、「不況下の物価高」という状況も考えられる。仮にそうなった場合、物価のプラスを条件とする金融政策の転換はどうするのか。政策判断の論理的な整合性は破綻しかねない。

一方、長らく続いたゼロ金利政策によって、何が変わったのか。企業部門への好影響とは対照的に家計部門は金融資産からの利子収入を奪われ、この間の家計からの所得流出は百兆円以上にも及ぶという。景気回復で期待された所得の改善が進まない中での利子所得の流出は家計へのダブルパンチとなり、それが個人消費の伸び悩みにも連動している。

金融政策だけで経済や景気全体を本格回復させることは確かに難しい。だが、量的緩和策の限界がはっきり見えてきた現在、金利機能の復活に向けて、企業部門と家計部門をバランスよく見た適切な政策判断が求められる。そのためには、まず量的緩和解除の第一段階として過大な日銀当座預金残高目標(三十兆〜三十五兆円)の引き下げが必要だろう。

この部分的な緩和修正を「金融引き締め」と市場が受け止め、そのことで長期金利が上昇に転じるリスクが大きいとの見方もある。だが、これは、日銀がこれまでの超緩和策の効果を総括した上で、金融政策を「中立型」に戻す意図をしっかり説明すれば済む。日銀がむしろ苦慮しているのは、財政再建の立場から緩和解除に反対してきた政府側への対応ではないのか。政府としては、〇七年度以降の消費税引き上げのめどが立つまで緩和解除は待ってほしいというのが本音だろうが、「小泉改革」を支持する福井日銀総裁としては、財政規律の回復には金利機能の復活こそ必要との立場を改めて主張すべきだと思われる。

日銀がこの問題を避けて現状維持の政策を続けていけば、物価水準に連動した歪んだ政策論とともに、半永久的に緩和解除に踏み切れない可能性も出てくる。中央銀行として金融政策の自由度を確保することは何よりも重要である。今必要なことは、過大な金融緩和の手綱を元へ戻す正常化へのステップではないのか。



BACKHOME