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千代田町
本堂氏の縁で秋田県千畑町と相互交流
千畑町の小学生の歓迎会で獅子舞いを披露する志筑小の児童=8月5日、志筑小学校
 千代田町は今年度から、秋田県千畑町との小学生交流を始めた。
 千畑町は、江戸時代に千代田町周辺を治めた志筑城主・本堂氏が鎌倉時代以降に城主だった本堂城があったところで、本堂氏のつながりを縁に、十五年ほど前から交流がスタート。千畑町の小学生三十八人を含む約五十人が今月四日から二泊三日の日程で千代田町を訪れたほか、来年二月には千代田町立志筑小の児童が雪深い千畑町を訪問する計画になっている。
 本堂氏は十三世紀から十六世紀、現在の千畑町周辺を支配。一時は五万五千石あったが、豊臣秀吉に八千九百石に減封されたこともあり、一六〇〇年の関ケ原の戦いで徳川方に付いた。この功績で本堂氏は〇一年に志筑藩に国替え。当時の石高は八千五百石だった。
 両町の本格的な交流のきっかけは、一九八七年十月に千畑町で本堂城展が開催され、千代田町が本堂氏由来の掛け軸や采配などを貸し出したこと。千代田町の郷土史家グループ「史談会」など民間の交流が続いた後、二〇〇〇年四月には千代田町議会が千畑町に研修に行き、急速に交流事業が具体化した。
 同年七月には千畑町企画課職員が来町して今後の交流事業について話し合い、同九月には藤嶋長右エ門千畑町長らが来町。本堂氏の菩提寺でもある長興寺を訪れ、同寺が羅漢仏(石像)を千畑町に寄贈する約束をした。
 〇一年十一月には千代田町の関係各課職員七人が千畑町を訪れ、今後の交流事業について協議。具体案をまとめ、可能なところから始めることを決めた。この時に長興寺の羅漢仏も届けた。
 これまで、千畑町から果樹農家十四人らが来町(〇二年二月)し観光果樹園のノウハウを学んだり、千代田町果樹観光協会が千畑町を訪問(同年六月)するなど、果樹農家の交流も進められた。
 今年度からスタートしたのが小学生交流事業。霞ケ浦や筑波研究学園都市などの見学のほか、本堂氏の居城だった志筑城跡に建っている志筑小学校で、五年生の児童手作りの歓迎会が開かれたり、長興寺も訪れた。千代田町特産のナシ狩りも楽しんだ。
 歓迎会では志筑小児童が地元の獅子太鼓を披露したり、ゲームで遊んだりして交流を深めた。
 来年二月には志筑小の五年生十八人が千畑町を訪れ、積雪が二bほどにもなるという雪国の冬を体験する計画になっている。

 【メモ】本堂氏は第十代・親久の時の一八六八年、新政府に忠誠を誓って一万百十石に加増され、大名に昇格。版籍奉還で志筑藩知事、廃藩置県で志筑県知事を拝命した。一八八四年には男爵となった。志筑小の校章は本堂家の家紋を使用している。


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