| 『新装版 霞ケ浦風土記』 書評『何気ない日常のドラマの迫力』小田切マリ(つくば市) |
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高瀬船の船頭の女房として生活してきた鈴木はまさんの、あの強さはどうだろう。「亭主が酒呑んで眠っちまっても、私は夜、夜中まで砂利を担いで運ぶ……。風の具合で船が動かない時は、陸さ上がって土方だ。一日働いて一円。船をでるときは、赤ん坊を背負って、現場に着くと、ムシロに寝かせて、ギャーギャー泣くのを横目に見てな。なあに、今は泣いていても、年頃になる頃には絶対に苦労はさせない……」 次々に起きる苦労を苦労ともしないで、見事な機転と行動力でたくましく乗り越えてゆく。そうした過去を語る言葉に暗さはみじんもなく、自信と明るさにあふれている。私は彼女の素晴らしさに感動してしまう。 藤井 進 さん
桜井さんは、鍛え上げた漁師のすごさも教えてくれる。彼は、霞ケ浦の水底にある岩のありかを、隅から隅まで知っていた。天気もぴたっと予測できた。「まず、筑波、小田あたりの雲、それから富士山の頂上あたりさ出る雲の色、流れの早さ、乱れ、これを見て判断するんだね」。 帆引き船の漁師だった藤井進さんは初めて櫓を漕いだ一六歳の時のことを興奮して話す。「エカーイ風だよ。それさ向かって漕ぐだよ。波が舳先さぶつかって、ぐぐっと船をもちゃげる。そいつを櫓でグッと押すつうと、突きの波の頭さ舳先が勢いよくぶつかる。そうするつうと、波が二つにバサッとぶつかって、飛沫が飛ぶべ。それが櫓んとこまで飛んできて、顔に当たるつうと、気持ちがいいんだよ。そんでむきになってぐいぐいって、櫓を漕ぐんだよ」。こんなにたくましく、しかも働く喜びにみちみちている若者に、私は会ってみたい。(略) 「小さな舟、ワラムシロの寝床、帆にくるまって夜空を眺める。満天の星空。遠くから海鳴りが響いてくる。天地宇宙の静かな気配が彼らを浸し、その無限のエネルギーの中で、人々はその気を吸い込み、またはき出している。その単調な呼吸の中に、無限の豊かさが潜んでいる。どうしてこの世界を失ってしまったのか。なぜ人間はこれほどすばらしい命の結びつきをあっさりと捨てて省みないのか。しかし、まだ遅すぎるということはない。最後の吐息の余韻が残されている。人々の声が耳の奥で確かに響いている。これを伝えなければ」。 このような著者の心に、私は敬服する。このすばらしい本が、いつまでも多くの人々に読まれることを、心から望んでいる。 (「台所の歴史と文化を考える会」) |
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