| 『新装版 霞ケ浦風土記』 書評『生きる真剣さ、人としての気位』飯泉春長(真壁町) |
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ところで、新装版まえがきに、この本を発想する動機ともいうべき思いが書かれている。それは、高校時代に読んだ長塚節の「土」に関してで、著者は夏目漱石の評を引き、節の描く百姓像に疑義を呈している。そして“そうではない人々を描きたい”という『志』(こころざし)が、この本になる原点である、と言われている。 この本の登場人物は著者の言う如く、まさに“自分流を生き抜いた人々”である。地方都市の十代の少年が、日本第一等の漱石の向こうを張って掲げた『目標』、その動機による結晶がこの本、である。私の高校時代の同級生に、こんな素晴らしい「志」を持った人がおられたとは、誇らしくもあり、我が身のボンクラぶりを恥ずかしくも思う。平凡だが、若者とは「理想は高く、人を生かし喜ばせる仕事」を基とする、それこそが自分の生き方をも価値あるものにするのだ、と佐賀先生は改めて手本を示して下さっている。 水郷土浦の風土を紹介する挿絵(さしえ)は、生前、父上の進医師が描かれたものとのこと。水郷と霞ケ浦、土浦の街並み、漁師や町場の人々、それらは珍しく何とも郷愁を誘う。描かれた人々の雰囲気は大正ロマン調というのか、あるいは女性は竹久夢二的というのか、ほのぼのとした暖か味を持つ。父上が絵筆をもたれたのは六十歳過ぎとか。とすればご自身の美意識の核には、青少年時代の「美しきもの」が厳然とあって、それらを表現されていたのであろうか。(略) 著者が動機とされた“優(すぐ)れた庶民の生き方”を、特に第一・二章の湖上の人々に私は強く感じ、ただただ圧倒されるばかりであった。何という達観、忍耐、自信、気魄(きはく)、努力であろう。学歴も無いに等しい人々が、みな人生の達人である。戦後の高度成長期に働いてきた私は、これらの人々と対峙(たいじ)すると、苦労も足りないし、のほほんとしていて、内心なんとも忸怩(じくじ)たる思いがする。読み進みながら自分を振り返って、何度かきまりが悪く恥ずかしく思ったものである。とにかく語り手の「生きる真剣さと人としての気位(きぐらい)」に、庶民の英雄像を感じ正直スゴイナーと思うばかりであった。 それにしても、広大な霞ケ浦は、庶民に優れた気質を養う場を提供してもいたわけで、見方を変えれば、水郷地帯は天然の資源という恵まれた宝を持っていた、といえる。漁師や船頭として実際に湖に出ていけば、縄張りや利害、技術の差、収入の落差など様々な問題が付随したであろう。が、それはまた人間界の宿命でもある。しかし、湖は俗界に超然としていて、人間に資源を提供はしても、人間の価値観には干渉していない。湖をどう利用し、そこに人としての誇りや自信をどう生み出していくのか、それはあくまで人間側の文化や経済の問題であり、そのあり様を時代と共に変遷する湖の姿と対比すべく、著者は「風土記」の語も冠したに違いない。(後略) (高校非常勤講師、書道) |
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