『茨城近代文学選集U 大正の文学』
大関 柊郎
 明治20年茨城県筑波郡小田村(現つくば市)生まれ。東京外国語学校仏語科に入学したが、中退して演劇研究のため渡米。帰朝後、三島章道らの新しい文学運動に加わり、土方与志らと新劇運動を共にした。その後満州に渡り、日本文壇から遠ざかり、昭和17年牡丹沢で客死した。
 本選集に収録している「宣伝」は、戯曲集『あらし』(大正11年、文泉堂)に収められた初期の作品(9幕物)。資本家と警察の癒着、弱いもの虐めを風刺している。

下村 千秋
 明治26年茨城県稲敷郡朝日村(現阿見町)生まれ。土浦中学校の同級に高田保がいる。早稲田大学在学中の大正6年、「いはらき」新聞に農民小説「盲者唖者」を発表して作家への一歩を踏み出した。卒業後、読売新聞社会部記者になったが、同人誌『十三人』の編集を担当したため職を辞し作家生活に入った。大正末から昭和にかけて「ある私娼との体験」「しかも彼等は行く」「天国の記録」などを発表し、巷に氾濫する浮浪者や私娼を描いた。不況の時代に即したこれら問題小説は映画、演劇、流行歌になり流行作家として多忙をきわめた。大東亜戦争中疎開して執筆を中断。戦後、農村の教育問題を取り上げた「中学生」は大きな反響を呼んだ。昭和30年都下国立町で没した。
 本選集に収録した「ねぐら」(大正8年『十三人』)は、霞ケ浦沿岸に住む炭焼の老人と娘・孫の物語で、志賀直哉に認められた作品。「泥の雨」(大正12年『早稲田文学』)は郷土阿見原の開墾地に住む一家の葛藤と生活を如実に描いた下村作品の原点。「旱天實景」(大正15年『早稲田文学』)は、阿見原に霞ケ浦海軍航空隊陸上班が開設されて間もなく、大旱害に見舞われた大正13年夏を描いた農民小説。

宇野 喜代之介
 明治27年、茨城県水戸市上市泉町生まれ。大正7年、当時の帝国大学独逸文学科を卒業。在学中、『帝国文学』に「貧者の群」を発表した。戯曲「雪の中の夢」(大正7年『異象』)、「開運三十三夜尊」(大正9年『新小説』)「峡村の競馬」(大正10年『新潮』)、単行長編戯曲『お弓の結婚』(大正10年新潮社刊)などがある。
 本選集に収録した「人柱」は、大正8年『新小説』に発表された短編小説。旅の占い師と結ばれ諸国を流浪し、私生児を産み苦労する士族の娘を描いた自然主義的作品。「家うちの話」は、大正11年、当時作家の桧舞台といわれた『中央公論』に発表された身辺小説的自然主義の長編小説。海辺の町で劇場を経営する一家の複雑な家族構成、微妙な感情の交錯、そこから起こる事件を細密に描いている。

小泉 卓
 明治36年茨城県筑波郡小田村(現つくば市)生まれ。東京の錦城中学校を卒業、早稲田大学に学んだが関東大震災に遭遇して大学を中退し、在郷して文学書に親しんだ。再び上京し、土浦出身の高田保が主任として活躍していた東京溜池の演技座文芸部に勤務。高田保が大正15年に発刊した演劇誌『テアトル』の編集に当たった。家庭の事情もあってか帰郷、昭和3年結婚して以後文学から遠ざかった。昭和4年小田村産業組合書記、昭和14年茨城県議会議員、昭和19年小田村農業会長などを歴任。戦後は関東銀行の創業に参加した。昭和28年没。
 本選集に収録した「彼岸前」は、大正15年『演劇新潮』に発表された農民劇。村の老爺と老婆の墓地の境界争いを風刺した一幕物。「五位鷺」は、「彼岸前」に続いて『文芸世界』に発表された一幕物で、貧しさから来る農村の因襲と無知を描いている。茨城の方言が縦横に使用されている。

宇野 浩二
 明治24年福岡市湊町生まれ。大阪・天王寺中学校を経て早稲田大学英文科に学んだが中退。大正8年『解放』に発表した「苦の世界」で一躍流行作家になった。芥川賞選考委員を務め、芸術院会員に選ばれた。昭和36年没。
 本選集に収録した「ぢゃんぼん廻り」は、大正12年『女性改造』に発表された。作品の舞台は親友で版画家の永瀬義郎の郷里である茨城県西茨城郡岩瀬町。気分転換を勧められ鉄砲撃ちに来て一泊した際、永瀬家に出入りする大工から聞いた話を題材にしている。

宮島 資夫
 明治19年東京市四谷伝馬町生まれ。7歳のとき父親が相場に失敗したため、職を転々し、各地を放浪した。大杉栄が主宰したサンディカリズム研究会に参加したのを機にアナーキストの道を歩み、生活のため古本屋を開業した。昭和初年岡本潤らと『矛盾』を創刊、昭和5年心身一如の世界を求めて京都・天龍寺に入り、昭和26年僧庵の一室で没した。
 本選集に収録した「坑夫」は、茨城県西茨城郡七会村の硅石鉱山で事務員を務めていた放浪時代の体験に即し、階級的自覚を持たず反抗と憎悪と自暴自棄に生きるほかない鉱山労働者の姿を描いた。大正5年近代思想社から自費出版したが、直ちに発売禁止になった。戦後の昭和32年、慶友社から刊行された。プロレタリア文学以前の労働文学として意義深い作品。

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