| 『土浦町内ものがたり』の構成 |
|
|
もくじ 荒川沖 1 荒川沖(1) 水戸街道とともに栄えた庶民の宿場/本村から分離、「遠くに見える集落」 荒川沖(2) 大名行列の度、夫役を課された農民/隣の牛久宿では文化元年に大暴動 荒川沖(3) 維新の潮流に触れた宿問屋/「桜田門外の変」の刺客や傷心の慶喜公 荒川沖(4) 最盛期には女工さんが1千人/岡蒸気の運行、岡谷館製糸の進出で活況 荒川沖(5) 朝日村からの分離運動/新築小学校を手土産に土浦市編入 荒川沖(6) 春と秋の2回、草競馬に熱狂/「馬建場」「馬乗場」頼朝伝説を残す地名 荒川沖(7) 度々の災害を免れた天満宮/むかし雨乞い、いま進学祈願の神 荒川沖(8) 不受不施派系の妙向寺/梶井彦兵衛が拓いた字新田 乙戸町 将門一族、平家の落人の誇り/豊かな野生植物、のどかな乙戸沼 小山田町 キツネが鳴いた荒涼の地/旧水戸藩士が開拓「小山田農場」 烏山町 古代は霞ケ浦沿岸の交易拠点/豊かさの証明、縄文・弥生時代の住居跡 神立町 24 神立町(1) 「十の字ムジナ」が住んだ原野/工業団地造成、企業進出で一変 神立町(2) 「塚越農場」「神立農友会」/新しい農家経営のモデルめざす 神立町(3) 今なお息づく「神立魂」/心の拠りどころ・観音寺の寺小屋 手野町 霞ケ浦を通じて沿岸に共通意識/手野城跡に残る戦国哀話 手野町石田 自然に逆らい長年「水との闘い」/舟運の衰微で陸の孤島化 高津 台地の裾野を洗った太平洋/土浦の夜明けはここから 上高津38 上高津(1) 海からの漂着物が溜まる/砂地から直径2mものケヤキも 上高津(2) 鹿島明神の天を突く大杉/神域広く、カラス天狗住む 中高津(1) 昭和初期の民家は僅か48軒/重労働だった水汲み仕事 中高津(2) 英国式の貴族生活に好奇の目/海軍航空隊を指導したセンビル大佐 中高津(3) 江戸一の豪商、土浦開業の機縁/「国分宗山の草鞋抜き」 中高津(4) 霞ケ浦空港計画と国際ホテル構想/絶景の地に下高津小の新校舎 下高津(1) 四ツ角の「ふいごまつり」/桜川に銭亀橋一つしかなかった時代 下高津(2) 薬師様、慈悲のほほえみ/常福寺の脇侍の災難 下高津(3) 溢水続きの備前橋の上流/国道6号線に堤防の役割 下高津(4) 古地図に整然とした字区画/大化の改新、条里制度の名残りか 並木町60 並木町(1) 引き揚げ武士の住宅団地「新郭」/幕末動乱の江戸から国元へ 並木町(2) 洋式射撃訓練場の名残り/自由民権運動の担い手たち 常名町(1) 富士山に特別の畏敬の念/西を向いた天神山塚と挑戦塚 常名町(2) バイパス紛争、劇的解決/「常名田んぼは高架道に」を条件に 今泉町 全国有数の花き団地/農家の苦難の生き証人・椎の大木 小山崎町 隠れ里にふさわしい森の中/小田家幕下の落人が土着 中貫町(1) 修験者が遷俗、権勢を語る/義家に滅ぼされた「龍開長者」 中貫町(2) 土浦藩の公開射撃訓練/見物人の度肝抜いた爆裂音 中貫町(3)・板谷町 梨富郷、梨園だけが残った/千古斧を見ない御林に住宅団地 笠師町・中都町 土浦藩狩場に増反開拓地/万里長城に似た常磐自動車道 沖宿町82 沖宿町(1) 敦盛秘蔵の「青葉の笛」/霞ケ浦百観音随一の駒ケ峰観音 沖宿町(2) 霞ケ浦四十八津の要衝/都会の文化を運び込んだ沖宿港 菅谷町(1) 常陸一向宗の北陸門徒救済/菅谷貞次と14代小田城主との出会い 菅谷町(2) 摂津守を救った「身替わり地蔵」/妊・産婦から絶大な信仰 田村町(1) 萱場の入会権をめぐる争い/戸崎ににらみを効かせる「親鸞」 田村町(2) ひょっとこ囃子発祥の地/「苦あれば楽あり」恵沢百世の町 白鳥町(1) 寅直公が命名した「蟠龍」の松/土屋の殿様、お気に入りの臨席場所 白鳥町(2) 勇壮な時代の流鏑馬消える/清水を利用、丘陵地で和鉄の精錬 虫掛町 101 虫掛町(1) 土浦との合併、中核は消防組/強じん先生の指導で「虫掛消防少年団」 虫掛町(2) 筑波鉄道新駅を強力に誘致/水運と荷馬車に頼っていた柴沼醤油 宍塚地区 幕府が管理した銭亀橋/桜川がもたらした恵みと災害 宍塚町(1) 史跡・伝説が息づく丘陵/大規模貝塚や古墳群、由緒ある寺院 宍塚町(2) 一瞬のいのち、庶民芸術の花火/町のシンボル・大池は野鳥の楽園 宍塚町(3) 煙火師たちの試練の場/土浦花火大会、商店街を潤す 粕毛町 「いざ鎌倉」の鎌倉街道/琵琶法師・三島検校が御堂を再建 佐野子町 カッパを助けた妙沢さん/土浦地方で唯一残る「盆綱」 飯田町 営農の革新的指導者が輩出/伊勢講続ける酒井塾の門下生 矢作町 弓矢で魔牛退治の伝説/道鏡一族と旧家の弓削氏 小松町 127 小松町(1) 景勝の地、三夜様遊園/霞ケ浦から昇る雄大な月を待つ 小松町(2) 広範囲に古代の遺物が眠る/江見水蔭の随筆「地中の秘密」 小松町(3) 戦争の悲劇、進駐軍慰安所/現土浦三高の新設を進言した人 中村西根町 交通の要所、次々と公共施設/根集落をしのぐ発展ぶりの中村宿 中村町 昭和20年代まで水戸街道松並木/阿見原から続いていた広大な原野 永国町(1) 寺格を誇った大聖寺/「長く久しい千秋の瑞穂のむら」 永国町(2) 地租改正時の模範村/「おっかか行事」が示す人々の連帯 右籾町(1) 阿見原に東洋一の飛行場/籾を乾かした「籾塚」に由来 右籾町(2) 青空保育所や授産所の設置/戦後、引揚者の自立を援護 右籾町(3) 小田氏の家臣が開いた久保庭/仙元塚、明治期の大火でお告げ 大岩田(1) 天与の地形を生かした城塞/対岸の木田余と同じ日に「浜落ち」 大岩田(2) 海軍道路を走ったチンチン電車/「海軍さん」の乗車をあて込み開業 大岩田(3) 予科練基地内に爆弾の雨/「B29」30機が襲来 大岩田(4) たぎる怨念、伯母を惨殺/関東一円震え上がった「稲妻強盗」 大岩田(5) ツェッペリン伯号(上) 158霞ケ浦飛行場に数十万人/シベリア経由で1万1千kmの旅 大岩田(6) ツェッペリン伯号(下) 161数万の観衆、雪崩を打って殺到/搬出時に不測の事故、暗闇を緊張走る 大岩田(7) リンドバーグ飛来(上) 164世界の冒険家、世紀の英雄/小型飛行機でアン夫人と太平洋横断 大岩田(8) リンドバーグ飛来(下) 166土浦駅ホームに大観衆/「リンドバーグ万歳」と熱狂 小岩田 如宝寺が村の中心地に/格式高い常陸真言宗のまとめ役 真鍋町 171 真鍋町(1) 真鍋心の現れ「惜春会」/一代で中川コンツェルン 真鍋町(2) 絶景の地の公園、総宜園/銭亀の大市と並ぶ真鍋の大市 真鍋町(3) 新国道開通で予言通りに閑古鳥/出舟・入り舟照らした愛宕神社の灯台 真鍋町(4) 商店街の繁盛を願い七福神/「友情の印」と川真田さんから中川さんに 真鍋町(5) 桜田門外の変に連座、壮烈な最期/善応寺住職・佐久良東雄は勤王家 真鍋町(6) 歴史の古さ物語る字地名/鹿島神社で将門調伏を祈願 真鍋町(7) 天狗を追い払った「関の鉄砲」/略奪、殺傷、焼き打ちの地獄 真鍋町(8) 北条〜土浦間にトテ馬車/ラッパを鳴らして「トテー」「トテー」 真鍋町(9) 青年の血が踊った時代/「デモクラシー」「改造」変革のうねり 真鍋町(10) 農村チームが県球界を制覇/胸に赤く「KAIZO」のユニホーム 真鍋町(11) 青年のための「真鍋社会大学」/赤池同盟休校事件の導火線にも 真鍋町(12) 5・15事件に共鳴、町民決起大会/農村救済、満場一致で4項目決議 真鍋町(13) 無謀と知りつつ奪還を決意/「大川周明、土浦署に拘禁」報道で 真鍋町(14) 大政翼賛会運動の端緒に/「一県勤皇まことむすび運動」 真鍋町(15) 「新しきを生む」活動の沈黙/「日本の革新」を願った青春に悔いなきや 木田余町(1) 全国的に有名な「丑虎合戦」/県下にさきがけて耕地整理 木田余町(2) ビルマからの土産が寺宝に/今浦島になった宝積寺和尚の弟 木田余町(3) イケチョウ貝の養殖場/釣り名所・神林の谷原はどこ? 殿里町 樹齢四百年「稲荷の松」/枯死寸前に売却、神社改築費用に 城北町 216 城北町(1) 選挙無効の申し立て「内沼事件」/家並みは成立、境界には無頓着 城北町(2) 土浦花柳界の草分け地/目印は綿勘、辻医院、月読神社 城北町(3) 乃木大将の母・寿子さんの生家/土浦城主に代々仕えた前沢家 城北町(4) 築地が「ガマの油」発祥の地/七兵衛長屋で作って香具師が売った 祇園町(1) 関東大震災で仮店舗急増47店/川口川埋め立てで新市街 祇園町(2) 埋め立ての是非、60数年前の論争/「水郷の美」か「大都市・土浦」か 祇園町(3) 川口川で空前の消防大演習/勇壮果敢、一斉放水で町内の意気を披露 川口町(1) 洪水と引き換えに開けた霞ケ浦水運/利根川の河道変更、江戸時代30回もの水害 川口町(2) 帆曳漁法の普及、佃煮など加工法の発達/保存食、軍の需要で生産拡大 川口町(3) 外輪船、蒸気船が就航/霞ケ浦運輸、一段と活発化 川口町(4) ヨットのメッカ・霞ケ浦/10年ぶり水上観光ルート復活 川口町(5) 海軍増強に合わせ「土浦港築港」/3郡23カ村カバーした霞ケ浦農業倉庫 川口町(6) 万博を契機に次々と新事業/新商店街・モール505も誕生 川口町(7) 全財産を投げ出した色川三郎兵衛/鉄道線路を逆水防止の堤防に 川口町(8) 湖岸よりに迂回したルート/三郎兵衛、住民説得して路線変更 川口町(9) 悲願の閘門ようやく完成/水防委員長・桧山町長倒れる 水害 256 水害(1) 中城町の一部を残して全町浸水/明治43年8月、豪雨で桜川氾濫 水害(2) 最高水位3b10、総人口の95%被害/昭和13年6月、天明以来の大洪水 水害(3) 冠水1カ月水稲全滅、悪疫が発生/昭和16年7月、新川が氾濫、桜川上流部決壊 海軍 262 海軍(1) 「阿見に大飛行場」期待と熱気/大戦後の不況下、活路を求める 海軍(2) 航空隊最初の犠牲者/大正11年6月20日、練習機が墜落 海軍(3) 猿を用いて航空医学研究/投下墜落実験を動物愛護会が非難 海軍(4) 「世界の空の港」霞ケ浦/耕地整理で市街地造成へ 海軍(5) 一大不夜城と化した新開地/新たな耕地整理、新興・土浦に弾み 海軍(6) 隊員の外出禁止、大慌ての商店街/水兵引き渡しめぐりボイコット事件 海軍(7) 飛行場建設、一気に具体化/予科練教育専門の海軍航空隊 土浦城 276 土浦城(1) 平将門築城伝説のある古城/鎌倉時代、「土浦」が初めて文書に 土浦城(2) 最盛期は旗下に49城、兵1万/最後の小田城主・氏治、土浦城で滅亡 土浦城(3) 江戸城の外郭の守り/徳川一門・松平氏が城主に 土浦城(4) 51カ条の御条目を制定/キリシタン禁制など生活全般を規制 土浦城(5) 藩政刷新、家臣対象に21カ条/政治手腕が抜群、土屋初代・政直 土浦城(6) 御助普請などで領民救済/天保の大飢饉、冷・水害で打撃 土浦城(7) 藩財政は慢性的な困窮/幕藩体制の瓦解期に重なる 土浦城(8) 「公武合体運動」の拠点に/藩重役・大久保要、裏から指導 土浦城(9) 処刑第1号は元土浦藩士/「安政の大獄」は別名「飯泉喜内初筆一件」 土浦城(10) 城主・寅直、勇気ある決断/朝廷に忠誠を伝え難局乗り切る 土浦城(11) 本丸御殿に土浦、新治県庁/第2次府県統合で「茨城県」誕生 土浦城(12) 落札価格が合わず、土浦城残る/明治17年旧御殿と東櫓焼失、昭和24年西櫓破損 土浦城(13) 本丸と二の丸の起源は中世の城館/戦国期の戦災裏づける地中の火災痕 土浦城(14) 昭和初期、お堀の千両箱探し/結城家財宝が「まさかの地」に 土浦城(15) 文化財保護法に触れた高田保の碑/「この石はここに自然に生えた」の腹芸 大町 318 大町(1) 松並木を伐倒して町屋/銭亀橋に足を止めた高杉晋作 大町(2) 精霊を慰める灯ろう流し/川に沈んだ松林寺、本尊は東光寺に 大町(3) ノコギリ状の迎撃体制/道路に対して斜めに地割り 田中町(1) 古い由緒の八幡神社/開発領主「平国香の墓」? 田中町(2) 中城、東崎より早く集落形成/大正初期、雨水対策で新川誕生 立田町 「亀」城を守る「龍」田/浄真寺に高野長英の墓 中央一丁目(1) 土浦河岸、桜橋周辺の活気/「お城や霞ケ浦も見えた」保立食堂 中央一丁目(2) 寺小屋教育の黄金時代/琴平神社社務所に時習斎 中央一丁目(3) 慶応4年の店舗数66軒/和泉屋、大和屋、土佐屋…関西系屋号めだつ 中央一丁目(4) 39カ村に「大助郷」の号令も/問屋場、定宿、木賃宿、旅籠、舟宿 中央一丁目(5) 銚子、野田と並ぶ醤油産地/「土浦の亀甲大に及ぶものなし」 中央一丁目(6) 庶民は茶屋、旦那衆は料亭/昭和13年水害を機に信用金庫 中央一丁目(7) 山本五十六大将とも家族付き合い/要人を迎えた「霞月楼」の百年 中央一丁目(8) 日本一の興業主の「ジャーボ」/「町のためだ。派手にやれ」と遺言 中央一丁目(9) 東側に大手門と搦手門/長袖に海老茶の袴、電話交換嬢 中央二丁目(1) 土浦の開発者「七軒町の七人百姓」/軟弱地盤の上に土蔵、基礎は松丸太 中央二丁目(2) 治安維持に「土浦の皆次」/中城分と東崎分に2カ所の本陣 中央二丁目(3) 魚会社が残した川端柳/堀川に水が流れていた水郷・土浦 中央二丁目(4) 怨念こもる東崎牢/高翁寺に随筆家・高田保の墓 中央二丁目(5) 郷土の出世力士・小倉山/花形横綱を招いて祝賀大相撲 中央二丁目(6) 鷹匠曲輪の「不開の門」/四方に堀川、閉鎖的な侍屋敷 中央二丁目(7) 「不愉快施設」の移転運動/拘置所跡に亀城プラザ 中央二丁目(8) 「カミソリ萩谷」のらつ腕/土浦町から土浦市へ、発展の基礎 中央二丁目(9) 大政翼賛会派が初代市長に/「1票の差」議場眼前の逮捕劇 東崎(1) 春の大祭「じゃかもこじゃん」/焼き豆腐、味噌おでんで風邪知らず 東崎(2) 鷲宮弁天池の悲話/財と幸福と、嫉妬心と 東崎(3) 文福茶釜の出開帳/鷲の宮神殿竣工祝賀 大手町(1) 土塁の樹間から霞ケ浦/内田野帆が眠る東光寺 大手町(2) 逆境に耐える「笑顔の教育」/「軍神乃木大将の母」寿久さん 大手町(3) 国の重文・等覚寺の吊り鐘/廃藩置県後、350年ぶりに里帰り 大手町(4) 土浦城の遺産・高麗門の復元/等覚寺境内に藤川捨吉翁の碑 大手町(5) 家庭和楽を祈る地蔵講の女たち/賽銭でご馳走を楽しむ縁日 大手町(6) 国分勘兵衛の醤油醸造所/冥加金収入を期待、藩も奨励策 大手町(7) 総檜造りの市立公民館/平本医師が寄付、社会教育の拠点 大手町(8) 雨情が作詞した土浦小校歌/「たまき」の精神、格調高く 大手町(9) 「墨塗りの教科書」の時代/地域の歴史書「学校誌」 大手町(10) 進士義道が贈った「鐘」/土浦幼稚園創設時の恩人 文京町(1) 水路で囲んだお城の西の防衛線/藩重役が秘密裏に会合した「談合島」 文京町(2) 常備消防、県下一の技能・設備/法律事務所が集中する弁護士町 文京町(3) 文武両道の「郁文館」/弘道館の前年、城内に創設 文京町(4) 土浦城の守護寺・神龍寺/「専心座禅」の曹洞宗禅寺 文京町(5) 神龍寺23世・梅峰和尚/争議でも活躍「われわれの団長」 文京町(6) 名飛行家・菊池朝三の奇跡/戦後は社会・教育事業に献身 文京町(7) 建造3カ月で沈没、悲運の「大鳳」/「早く脱出せよ」部下の手握った菊池艦長 大和町(1) 文明開花運んだ日本鉄道海岸線/土浦駅の位置変更、もう1つの事情 大和町(2) 関東大震災で復興景気/脱皮を繰り返した駅前通り 大和町(3) 町民の知らない「水抜き」の恩人/日立製作所が提供した大型ポンプ 大和町(4) 死者96人の大惨事/戦時下の列車三重衝突事故 大和町(5) 救援に活躍、モンペ婦人部隊/「戦争が鉄道を弱体化させた」 大和町(6) 天然痘、狂犬病予防法で世界的発見/助川博士の人類への貢献 大和町(7) 鶏卵内で人工培養/画期的な痘苗製造法 大和町(8) 進駐軍のヘリコプター/230個の爆弾投下、廃墟からの復興 大和町(9) 筑波鉄道、68年の歴史に幕/生まれ変わる駅前、高層化時代へ 大和町(10) 御用河岸に旧武士らが銀行/三ツ輪商社、第五十銀行並ぶ 桜町(1) 淡貝でボタン製造/「大正モダン」の波に乗る 桜町(2) 不況・疑獄、不穏な時代/浮浪者の焚火で焼失「土浦ビル」 桜町(3) 多かった海軍ファン/生糸暴落、製糸工場相次ぎ閉鎖 桜町(4) 強制移転、桜川べりに料亭街/「賑わう町」と呼ばれた二業地 桜町(5) 霞ケ浦臨湖商工業地の構想/「電灯料金値下げ騒動」で街路灯 桜町(6) 憲政派と政友党の確執/「おしどり議員」になった西谷夫妻 港町 514 港町(1) 生まれ変わった葦谷原/桜川改修の泥土で水面干拓 港町(2) 熱血の人、藤川親分/経験と技術で難工事完成 港町(3) 時の流れに消えた「藤川新田」/未来の霞ケ浦リゾート基地に 富士崎町(1) 海軍道路を契機に家並み/会員権で土浦町民グラウンド 富士崎町(2) 航空隊と結んだ海軍道路/空襲時に中高年消防士が犠牲 蓮河原町 往時の水郷情緒、今に残る/中央を流れる用水路は旧桜川 「あとがき」より 「土浦ものがたり」を書いたときもそうであったが、今回も常陽新聞社野沢忍社長から『土浦ものがたり』の姉妹編として、郷土理解に役立つ連載を書いてくれないか、というお話しをいただいた。 確かに有史以来、今日ほど都市変貌の激しい時代はない。先人が自然と秩序に調和させながら構築してきたものが、壊されたり不自然な姿で更新されたりしている。時には、一を知って二を知らぬ結果、“九仞(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に欠く”というトラブルも起きている。 こうした現況から「温故知新」に役立つものがいいというのが野沢社長の意向であった。だが、郷土史的なものを書くのには十分な資料を揃えなければならないし、何よりも後から追い立ててくる新聞連載はにが手である。私は大いにためらった。しかし結局は筆を取る仕儀と成った。 内容は、町内ごとの故事来歴と現在をスケッチする「土浦町内めぐり」とした。長年土浦市職員としてお世話になっている者の、恩返しの巡礼と思ったからである。 連載は、稿を重ねるごとに読者から励ましやご教示が相次いで寄せられた。大変嬉しいことだった。だが反面これは次第に重荷となった。四、五十回で終わらせようと思っていたものが止めるに止められなくなったからである。擱筆したときは二百回にもなっていた。 平成元年10月5日 |
|
-HOME- |