『等身大の予科練−戦時下の青春と、戦後』
  構成(もくじより)
1、角田 和男(5期)
 第一志望少年航空兵、第二志望少年義勇隊       1
 2・26事件に疲弊した農村を思う          2
 新鋭空母「蒼龍」に乗り込む             4
 奥地攻撃で感じた中国民族の底力           6
 飯田大尉、ハワイ湾で突入自爆死           7
 ゼロ戦で出撃、恐怖の燃料タンク貫通         9
 ラバウル決戦、飛行機も食糧も不足          11
 ラバウル航空戦、戦友たちの様々な死         13
 「零戦に勝るP38」報告に同期から詰問       14
 戦後わかった「勝利」報道のウソ           16
 「新兵器」の特攻要員募集              18
 特攻隊員昼の顔、夜の顔               19
 特攻隊の離陸を見送る                21
 特攻隊員の特進制度改正               23
 小田原参謀長、「特攻の真意」を語る         25
 米軍の指示でゼロ戦最後の搭乗            28
 内原の食糧増産隊から出島の開拓へ          30
 出稼ぎ収入で亡き戦友の慰霊             31
 遺族訪問で思わぬ巡り合い              33
 『修羅の翼−零戦特攻隊員の真情』を執筆       35
 初代予科練部長が残した短歌             36
 戦争末期の「空地分離」が招いたもの         38
 慰安部隊や高砂族部隊−戦地で見聞したアジア     40
 勇敢さ、ずるさ、弱さ…米国の実像は         42
 「特攻の真意」と戦後の空白             43
 口論・誤解のまま出撃した戦友            45
 身近に177人もの戦死者              47
 開戦時、毅然たる反対を示せば            48
 「視野を広く」次代への期待             50

2、長沼 武治(丙14期)
 「百姓は割に合わない」と兵隊志願
 「日本人、今に見ろ」台湾少年の怒り
 「200分の4」の成績で予科練へ
 期待の「飛練」は罰直続き
 地獄の「赤とんぼ」同乗訓練
 予科練習生、半年後には教員
 「人生五十、軍人半額」と言われた時代
 犠牲が目立った神雷桜花作戦
 車座で酒盛り、待機の日々
 無人の「桜花」投下、知覧に不時着
 「この空は我が空ならず」
 戦後の日本は60%

3、松田(二川)政雄(乙12期)
 自由に空を飛べる海軍パイロット
 B25との遭遇、「オフクロタスケロ」
 終戦9日目、一式陸攻で復員
 復員名簿で予科練出身者探し
 少子化と過疎化、老人がめだつ町内会

4、吉田 重次(乙15期)
 予科練から花形の索敵飛行部隊へ
 涙が止まらない戦友の遺品整理
 慰霊碑に毎朝参拝、休日は記念館案内
 日本列島を見守る「予科練二人像」
 感無量、天覽体操の晴れ舞台

5、吉岡 六郎(丙10期)
 父の死で絵描きを断念、海兵団へ
 待ちに待った「赤とんぼ」操縦
 ゼロ戦で最北端の基地に配属
 哨戒飛行中、吹雪の海に消えた僚機
 筑波山へ別れの飛行、南方戦線へ
 初陣で初手柄、グラマン3機撃墜
 散華した同胞慰霊の札所巡り

6、安岡 恒友(丙10期)
 競争に追われた海兵団の日々
 台湾から筑波おろしの土浦駅へ
 分隊トップで単独飛行訓練
 べた凪ぎの中、水上機で不時着
 霞ケ浦湖畔の村に落下傘降下
 四半世紀を経て墜落場所判明
 戦後50年、亡き戦友の慰霊碑建立

7、千葉 昭二(乙20期)
 工員養成所から夢の予科練へ
 弟を背負った面会の母
 水上特攻「震洋」を志願
 間に合わず、新型人間魚雷「回天」
 「生きて帰るのが一番」
 無心になれる飛行機のプラモデル作り
   
8、小泉 正勝(乙20期)
 陸軍練習機の不時着騒ぎ
 「駆け足、駆け足」の予科練
 白米3升、缶詰5個、現金800円を手に復員
 下宿を頼り、新天地を土浦に
 高齢化で会員減、「海原会」のさだめ

9、坂場 儀弘(乙19期)
 酒門村初の海軍航空兵
 「新兵器」の特攻要員募集
 新兵器はモーターボート
 胸に刺さった「特攻くずれ」
 予科練の「負けじ魂」

10、畠山 昭一郎(甲12期)
 商人よりも軍人になりたい
 起床時、消灯前の吊床訓練
 ペナン島は日独情報交換所
 捕虜になった飛行長
 軍隊体験生かし警察予備隊に
 雄翔館は慰霊の場
   
11、岡田 忠之助(乙20期)
 飛行場見学で決心固める
 長男の志願に父の困惑
 土浦海軍航空隊、最後の乙練
 明治神宮大会で模範演技
 「水上特攻」−意外だった訓示
 特攻隊募集で×を記した勇者・M
 本土防空特攻に指名され野辺山へ
 最後の特攻兵器はロケット戦闘機「秋水」
 燃え盛る滑空機の炎に敬礼
 戦後も予科練の地と深い縁
 教室で語った予科練体験
 「姿なき指揮官」への怒り
 「やはり、空はいい」

12、仲川(野口)武男(乙20期)
 「兄一人で十分」父の激怒
 「軍服、軍靴に体を合わせろ」
 初めての帰郷、母校で講演
 「男同士語りたかった」長兄の遺影に涙
 復学・進学、そして教職に
 教育の原点は愛・奉仕

13、皆見 文男(乙20期)
 戦傷の兄の全快を祈願
 連帯責任のルールに緊張
 連名の血判書で特攻志願
 「震洋」特訓3カ月、待機中に終戦
 米兵、「静友会」と「政友会」を混同
 レジャーで飛行機に乗れる時代

14、鈴木 勇(特乙2期)
 搭乗員の大量速成図る
 特攻中止、夜間雷撃に変更
 紙一重の生と死、出水進出組7割戦死
 菊水作戦で生き残り、今度は神雷部隊に
 山中に隠された新品の飛行機 
 ものをいった善行章、兵隊歴

15、米沢(外塚)麗子(予科練適性部)
 航空隊開設直後に日用品店
 手回し式計算機でルート計算
 胸が痛んだ体当たり攻撃
 6月10日の空襲、予科練生に大被害
 慰霊碑の建立・除幕式に協力

16、鶴田 重郎(甲13期)
 ツェッペリン号、リンドバーグ飛来
 土浦中学に進学、グライダー部へ
 「決戦の大空へ」主人公に共感
 様々な罰直、最悪は「食事止め」
 空襲と燃料不足で飛行訓練遅れる
 車窓から見た焼け野原の衝撃 
 ポツダム宣言「離脱」か「受諾」か
 最後の訓示「国破れて山河あり」
 警察予備隊入り、米軍の下で訓練
 故郷の駐屯地で地域の懸け橋
 隊員の奉仕でツェッペリン伯号記念碑
 土浦市郷土資料館に一部資料移管
 航空隊関連の展示で異論 
 ありのままを語る「地域の語り部」

17、濱田 外夫(甲13期)
 「それならオレが行く」
 手相師、骨相師が決めた進路
 特攻訓練のさなか東京大空襲
 6月10日の空襲で被弾、右足切断手術
 岩代熱海で温泉療養
 宇部の実家の美術品、茶室も焼失
 闇商売から写植業に転身
 霞ケ浦湖畔で「井戸茶碗」再現へ
 戦傷病者手帳による自己主張

18、大塚(大熊)嘉孝(甲13期)
 長男の志願で家庭騒動 
 「カメラの鬼」土門拳の気迫
 特攻待機中に空襲、左足を負傷
 終戦後1年続いた放心状態
 上官に誘われ、2度目の挫折
 酪農経営から農協運動へ
 「命を粗末にするな」語り継ぐ義務

19、吉田 精吾(乙21期)
 海軍出身の担任の影響
 「兵隊は茨城」の伝説
 水中機雷で水際特攻
 苦手だった隠匿食糧の摘発
 サツマ芋3本の寮生活

20、田山 重秋(乙21期)
 父の急死にも気丈な母と姉              256
 入隊先は三重航空隊と知って驚く           257
 「もう会えないかも」と記念写真           258
 日比谷公園周辺を重点警備              259
 常磐線は別名「かつぎ屋列車」            261
 金魚の水槽製造に乗り出す              262
 工場を共に支えた妻の死               263

21、桜井 太(乙21期)
 海のように広い霞ケ浦                265
 出征兵士は夜明け前に村を出た            266
 内緒で英語の辞書購入                267
 終戦の日の夜から皇居警備              269
 英語が生きた新鶴見駅、蒲田駅勤務          270

22、戸張 礼記(甲14期)
 父の急死後、土浦中学から予科練へ          272
 もの悲しい巡検ラッパ                273
 人力で掩体壕づくり                 274
 農地解放で米の供出に苦労              276
 戦争の過酷さ、真実を伝える             277
 6月10日の空襲で妻の一家も被害          278

23、増田 三郎(甲14期)
 三人兄弟を代表して志願               281
 「負け抜き戦」で鍛えた競争心            282
 昭和20年元旦の分隊長訓示             284
 首都防衛の第一線、厚木基地             285
 仙台のキャンプで米軍式の訓練            286
 死を意識し、命の大切さ実感             288

24、中山 盛三(乙24期)
 規定の体格にギリギリ届く              290
 報道されなかった東南海大地震            291
 息子6人が戦死した親類               293
 飛行機乗りの夢の実現                294
 筑波山上空で撃墜された兵士             295
 47年ぶり肉親との「対面」             297

25、熟田(河島)鶴江(霞ケ浦海軍航空隊主計科)
 航空隊近くの銭湯「亀の湯」             299
 乙16期「まあ君」との出会い            300
 得意の算盤を生かし会計部へ             302
 母と次姉は石川へ疎開                303
 大晦日のお嫁入り                  305

26、屋口 正一(第一海軍航空廠)
 「マルテン」と呼ばれた特殊攻撃機          307
 地元航空隊の真実、掘り起こす責任          308
 進学適性検査と航空知能検査             310

関連年表                       312

あとがきにかえて 常陽新聞社代表取締役社長 岩波嶺雄 332

索引
 その他                       345
 人名                        351
 旧軍基地・部隊                   348
 地名・国名                     357

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 TEL 029-821-1780(代)
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